「ほら、ごらん。私たちの故郷に雨が降っているよ。あそこでは、木の実が色づいて、スイカが実りはじめたよ。窪地には雨水がたまって、動物たちが集まってくるよ。見てごらん。あんなに雨が降っているよ。」孫娘をあやしていたおばあちゃんは突然、遠くの空を見つめた。彼女の指差す先で、厚い雨雲から灰色のカーテンのように雨が降っている。さえぎるものが何もない、まったいらなカラハリの大地では、はるかかなたに降る雨の様子もよく見える。
乾燥地の気まぐれな雨。毎年違う場所に違う量の雨が降る。若かかりし日のおばあちゃんは、雨季が近づいてくると、いつも空を見上げていたという。雨雲がこちらにやってくる気配のない年は、おばあちゃんたちのほうが遠くに見える雨雲の方向に向かって歩き続けた。目指すのは、雨水が満ちた大きな水たまり。その周りに広がる原野はみずみずしく、そこかしこで動物たちが跳ねている。乾季のあいだは離れ離れに暮らしていた人々が、水を求めて集まってくる。ひさしぶりの再会、そして絶え間ないおしゃべり。雨雲の下に、陽気な生活が待っている。
雲が出てきた。雨はまだ降らない。
だけど、そんな日々はもうずいぶん前に過ぎ去った。水たまりの近くで狩りの得意な青年に口説かれた彼女も、今では政府のつくった定住地の井戸の水を飲み、老齢年金をもらう歳になった。遠く雨の降る故郷は、自然保護区として囲い込まれ、自由に立ち入ることもできなくなった。おばあちゃんはそれでもさっきから遠い空を見つめ、むずがる孫娘に語りかけている。「帰らなくっちゃ。あそこでは雨が降っている。そうよ、私たちは明日にでもここを旅立つわよ。だってほら、あんなに雨が降っているんだもの。」