マキシと森に住む人びと(ザンビア)

村尾 るみこ

「ウェレラ!ウェレラ!ウェレラ!・・・」
チテンゲとよばれる腰に巻く布を振りかざし、砂埃をまきちらして数十人の女性と子供がマキシに掛け声をかける。

マキシとは、一般には現在アンゴラからザンビアにかけてすむいくつかの民族集団の人びとに固有の、仮面をまとったダンサーをさす。地域のさまざまな文化的行事のなかで、このマキシはその仮面やコスチュームを通して、とある人物や祖先を精神世界から召喚し復活させるという重要性がある。仮面の種類は50種以上あり、仮面にあわせて、体にまとう布や羽などの小物も変化する。そしてひとつひとつの仮面は、それぞれに名前と性格、性別をもっている。そうした様々なコスチュームと仮面をまとったマキシのダンサーは男子割礼などの儀式に出現し、激しく踊り動き回りながらも集まった人びととの掛け合いを繰り返す。

マキシは人びとの間で「男子割礼がおこなわれる森の奥深くの小屋では、マキシが『子供』である男の子たちを『大人』の男へといざなうのだ」などと語られる。またそうしたマキシとの接近を果たした大人の男たちは、祖先霊と接触をもったことにより、女性や子供たちに対し社会的に優位であることを示す、といわれる。

そのせいもあるのであろうか。子供や女性は、ことさらマキシが「怖い」と言う。 最初はマキシの存在の意味もなにもしらない私が興味本位でマキシに近寄るのをみて、 女性たちは悲鳴をあげて眉をひそめた。「あなた、マキシが怖くないの・・・?!」

マキシは村だけでなく、この地域の王国の祭りでもダンスを披露する。村でも祭りでも、見物客は数々の仮面をまとうダンスをはじめ数々のパフォーマンスに酔いしれる。しかし、現在ザンビアの西側でみるマキシダンスは、アンゴラからきて数十年か百年ほどたつ人びとがおこなうものである。なかには割礼をおこなわなくなったために、マキシダンスもみられなくなっている地域もある。その理由は、近年の森の減少と、ダンサー手配など儀式にかかる高額な費用、また学校教育の浸透などと関連付けられて説明される。そうして移住してきた人びとは、すっかりザンビアの隣人ともなじみ、新しい文化に生きているかのようにも思わせる。

一方、今日も割礼をおこなう多くの村をみてみると、マキシダンスの日がきまると村じゅうで醸造された酒が販売され、当日は街の店から買ってきたパンや季節の農産物が売られるなど、大変なお祭り騒ぎとなる。マキシダンスがおこなわれる日は数日前から付近に宣伝されるので、皆準備に余念がないのだ。そうしたお祭り会場にはおしゃれを決め込んだ男女が集まり、冒頭で記したようにマキシとの踊りの掛け合いを楽しむものや、またいつの間にやらどこかへいなくなるカップルさえ出現する。

アンゴラの独立戦争時代の1970年、この地へ逃げてきた年輩のおばあちゃんにアンゴラの村でのマキシダンスの様子を聞いてみた。 「あー、あのころは、こんな人がたくさん集まって住んでなくてね、森のなかの川沿いに、ぽつんぽつんと住んでいたよ。でも割礼がすんでマキシがくるとなると、ちょっとはなれたところから、何十人と人が尋ねてきたもんさ。そりゃあ若い娘は、トウジンビエの酒をたくさん醸造して、割礼をとっくにすませた若い男たちにのんでもらったよ。あたしもそれが目当てで酒をつくったねえ。」 おばあちゃんのそうした淡い恋の戦略は残念ながら失敗に終わり、やがて彼女は爆撃音の聞こえる森をあとにして、その後の逃亡中にザンビアで出会った男性と結婚するにいたっている。

おばあちゃんに、紛争は終わったけど、彼女が住んでいたアンゴラの森にまだマキシはいるだろうか、と聞いてみた。 「もうあそこには村も知り合いもいないからわからないよ。でも誰か人が住んでいれば、そして(燃えて)赤かったあの森が少しでも残っていれば、今もここと同じように『マキシ』がいるだろうね。あんたまた変なこと聞いて、さあそんなことより、小銭はもってきたかい?帰りにうちの酒をのんでいっておくれよ。息子の嫁がようやく上手につくるようになったんだよ。」