レストランのステージ裏、夜中1時。
あ。
さっきまで、ステージで美しく舞っていた女性が座り込み、自分の「髪型」を崩しにかかっていた。前頭部は、ストレートパーマをあてた髪をワックスでびっちりかため、後頭部にはエクステ(鬘)をはりつけ扇形に広がるポニーテールを形作ったヘアスタイルは、まるでデコレーションケーキだったが、そこに刃物を入れるのは、別の女性である。彼女の右手が持つ剃刀は、しゃっ、しゃっ、と友人の頭からデコレーションの部位を取り外していく。髪型を解体される彼女は、少しうつむきかげんになりながら、そのデコレーションの部位を手元に集めていく。その「解体」作業は、大音量で音楽が流れ続けるレストランの喧騒の中でおこなわれていても、静寂さえ感じる穏やかな空間を生み出しているように感じられた。
私がウガンダの首都カンパラで出会う若い女性たちの大半は流行に敏感なおしゃれさんたちばかりだ。特に盛り場のステージで、もしくは劇場の舞台で、ほかの人びとに品評される立場のダンサーたちは、おしゃれに余念がない。ピアス、ネックレス、服、靴にいたるまで色のバランスは気が配られている。顔はベビーパウダーを化粧下地にして、ファンデーションで肌の色を整える。何度も塗り重ねられるアイシャドウ。そしてやっぱり重要なのは、髪型だ。美容院に通っては、エクステを編み込んだり、ストレートパーマをかけたりしながら、ヘアスタイルを一新させていく。でも、美容院以外の場所で、彼女たちはその場に居合わせた友人たちにも、よく髪の毛をさわらせていた。
公演が開始される2時間前、少しはやめに舞台裏に到着した女性は、椅子に座って目の前の机につっぷした。疲れ気味なのだろう。レストランに流れている大音量の音楽に邪魔されて、彼女に話しかけることができない私は、居心地悪くその場に腰掛けていた。次に現れたのは、机につっぷしている女性と一緒に公演をはじめてまだ間がない新人の女性だった。つっぷしていた女性は、顔を上げ、その新人に、自分の髪の毛にワックスを塗ってくれと頼む。新人の彼女はその頼みを引き受け、つっぷしていた頭に手をやり丁寧にヘアワックスを塗りこんでいく。流れ続けるポップスの中で会話は起こらない。でも、彼女たちは静かに挨拶を交わしているように見える。
ある有名劇団の稽古場。私を手招きするものがいる。彼女は、そこの劇団に所属しているダンサーだ。人遣いが荒く、あの子に貸してあるブーツを取り返してこい、携帯電話を充電してこい、だの、いつも私をパシリとしてつかってくれる。今日はどんな指示がとびだすのだろうと思いながら、彼女の元へむかう。挨拶したあと、突然彼女は、ちょっと頭かしてと言う。手元のかばんからごそごそと櫛を取り出し、私の髪をしばっていたゴムを取り外して、私の髪の毛をときはじめた。驚きながらも、抵抗はしない。少しどきどきする。なんだか私が彼女の友達だっていう確認をとってもらっているみたい。「ねえ、彼と別れたの?」前からちょっと気になってた話題をふってみる。「え、知らなかったの?そうよ。」私の後頭部で微笑んだ気配がする。即座に「あんたはどうなのよ〜」と言われ、言葉につまりつつ、心がゆるむ。彼女が私の髪の毛を梳きなおすまでもう少し時間がかかればいいのにと思った。
髪の毛をさわられているあいだ、人はある程度じっとすることが求められる。そしていやがおうでも、その髪の毛をいじる人と近くにいることになる。頭への刺激をとおして相手をしばらくの間、感じることになる。自分の自由がきかない、引き止められる時間。美しくなること、飾ることが最終目的にあるから正当化されるこの時間。「飾る」までの時間。だれかと一緒にいることが認められる時間。きれいにうつくしくなることを求める道に、こんな穏やかな時間があった。