林業先進地のトイレ事情

近藤 史

タンザニア南部ンジョンベ州の農村に通い続けて、かれこれ20年が経った。そのあいだに、彼の地では植林が盛んになり、はげ山の連なっていた丘陵が黒々とした森で覆われ、林業景気に沸いた。土壁に草葺き屋根の家々がみるみるうちにレンガ壁とトタン屋根に建て替えられ、富裕層は梁材をふんだんにつかった高天井にガラス窓、カラフルなペイントを施した豪邸に住むようになった。住宅事情が変われば、トイレ事情も大いに変わった。

写真1:2019年撮影。村の中心地では草葺き屋根の家を見かけなくなり、棟を高く上げた大屋根の新築家屋が目立つ。

はじめて村を訪れた2000年には、どこの家もたいてい土造のトイレを使っていた。大地に穴を掘り、その上に直径20センチくらいの太くて頑丈な丸太を数本渡して、これと直角に直径10センチ程度の細いが丈夫な丸太を敷き詰める。中央を貫く2本の丸太に切り込みを入れた後、全体を土で覆って踏み固めて床をつくる。丸太の切り込み部分が、用便を足すための穴となる。壁は、竹を縦横に組んで下地をつくり、赤土と枯れ草を練ったもので塗り固めた土壁が主流だった。少し労力やお金に余裕がある家では、レンガ積みの壁をつくった。屋根は草葺き。雨漏りするところにはプラスチック製の肥料袋や、トタンの切れをかけた。

写真2:2000年7月撮影。この村で一般的な世帯の家屋配置。居住用の3棟がコの字型に並ぶ。真ん中の棟と右側の棟のあいだから、すこし離れたトイレ小屋が小さく見える。

都市部の建材需要に刺激されて村で林業景気が興りはじめた2005年前後、木造のトイレが登場する。父や祖父の代に細ぼそと植えられていた小さな人工林が急速に製材・出荷され、村に大量の端材が残された。それらは片側だけとはいえ平面に挽き割られているから、村では建材として重宝された。例えばトイレの床。大穴に渡す太くて頑丈な丸太を数本調達すれば、あとは厚みが最大10センチくらいある丈夫な端材を選んで敷き詰め、便器がわりの切り込みを入れるだけ。(とはいえ、細めの丸太に比べると所どころ撓んで心許ない。私は慣れるまで、用を足しながら「今にも折れて落ちるんじゃないか」と気が気じゃなかった。)厚みが不均一だったり、薄かったりする端材は、柱に打ち付けて壁材として使う。縁が不揃いな端材を並べた壁だから、そこかしこに隙間ができて適度に光が射しこみ、トイレの中はずいぶん明るくなった。それから、端材を30センチくらいにカットして棒をつけた、便器の蓋が登場したのもこの頃だ。屋根だけは変わらず、草やトタンの切れ端で葺いていた。

写真3:製材現場で無造作に積み上げられた端材。

写真4:木造トイレの内観。

村じゅうで植林がすすみ林業景気に潤った2015年頃から、屋内トイレを備えた豪邸が建つようになった。それまでトイレといえば、母屋から少し離れた場所に別棟として建てられ、丸太や端材の切り込みから屎尿を落す、いわゆるボットン便所が常だった。ところが今や、母屋の一角にコンクリートやタイル敷きの小部屋を設け、陶製の便器を据え付けた簡易水洗便所が最先端だ。屋根の上や母屋の隣に高い足場を組み、容量1トン以上の貯水タンクを設置して、落差で便器に水を流す。便器は、屋外に掘りぬいた巨大な穴(屎尿層)とパイプで繋がっていて、屎尿はそこに流され貯留される。林業景気の波に乗って、いち早く建材用のパツラマツを植え広大な植林地を運用したり、あるいは林業関連の事業(*)を起こして高額現金収入を得るようになった富裕層が、家の改築にあわせて屋内トイレを導入していった。村には水道がないけれど、彼らはピックアップ・トラックや電動機付き揚水ポンプを購入し、川から汲み上げた水をタンクに貯めて使用している。そうした機材を元手に水くみ・運搬業を営む者も現れ、屋内トイレを設置する世帯の裾野は広がりつつある。

かくして村のトイレは、屎尿を封じ込め、切り離すことによって、より衛生的な設備へと変貌してきたが、その陰で、排泄物という「きたない」ものを生みだしてしまったようにも見える。じつは、土造や木造のボットン便所では、トイレの穴が屎尿でいっぱいになると、新たなトイレを用意し、古いトイレは放置して崩れるにまかせる。数年たって屎尿が乾いたら、すぐそばにバナナやアボカドといった永年作物を植える。それは、「ほかの場所に植えるよりも、たわわに実る」からだという。また、村では数年前から新たな海外輸出用の商品作物としてアボカドが注目され、輸送中も果実が傷みにくい新品種の導入がすすんでいる。その苗木移植後、より短期間で結実させるために家畜糞堆肥の投入が推奨されており、家畜をもたない村びとのなかには、古いトイレを掘り返して、十分に乾燥して臭いのなくなった堆積物を回収し施す者もいる。つまり彼らにとって屎尿は、「きたない」と忌避する対象ではなく、時間をかければ「きれい」な肥やしに変わる有用物であり、トイレはその熟成装置でもあったのだ。従来の土造や木造のトイレは、比較的短かいスパンで建て替えられていったが、最近流行の屋内トイレは豪華な母屋とともに長期にわたって利用することを想定して巨大な屎尿層を備えている。そこでは、屎尿は熟成・利用されないまま、汚物として地中深くに隔離・貯蔵され続ける。時間軸と空間軸を広げてものごとを考えると、「きれい」と「きたない」の評価は容易に入れ替わるのかもしれない。

 

*この村の林業関連事業には、苗木生産業、植林請負業、製材業、運輸業、木工所などがある。