揚げ物=食道楽(タンザニア)

近藤 史

タンザニアの農村では、砂糖ほどではないけれど、食用油は貴重品だ。ベナ人の村の売店には、1リットルや3リットルのボトル入りの油も並べられているけれど、これを買いにくる客は滅多にいない。誰かにプレゼントする人や、まとまった収入があった人くらいだろうか。たいていの客は、コーラの空き瓶を片手に売店を訪れる。すると、売り子はおもむろに、かき氷のシロップをかけるときに使うような小さな柄杓(ひしゃく)と漏斗(ろうと)を取り出して、油を量り売りしてくれる。柄杓1杯の容量は、目測だが、50ミリリットル程度だろう。これが一般的な家庭における数日間の油の消費量だ。それで野菜や肉、魚、ゆがいた豆などを炒めて食べる。余談だが、売店が量り売り用に仕入れる油は、取っ手のついた大きなプラスチック容器にはいっていて、中身がぜんぶ売れたあとは、きれいに洗って、バケツとして再利用・販売される。

【写真1】村の売店。カウンターの左端に量り売りの油が並んでいる。

【写真2】もともと油が入っていたバケツで堆肥を運ぶ女性たち。 バケツは、他にも水汲みなどの容器として様々に利用される。

さて、こんなふうに家庭料理には少ししか油を使わないタンザニアの村でも、案外、揚げ物は身近な存在だ。その代表格は、なんといってもマンダジ(揚げパン)だろう。基本的な作り方は、小麦粉に砂糖とドライイーストを混ぜ、水か牛乳を加えてよくこねて、30分〜1時間ほど寝かせた生地を麺棒で伸ばして小さく切り分け、油で揚げる。村の製粉所で挽いた小麦の全粒粉を使うか、工場で精製されたきめ細かな小麦粉を使うかで、味が大きくかわる。ごくごく稀に、そば粉を使った変わり種もある。村の小さな食堂では必ずといってよいほどマンダジが売られており、小腹がすいた時におやつに買い求めたり、少しお金に余裕があるときは、朝食にこれを買って、舌がしびれるくらいあま~い紅茶と一緒にいただく。揚げたてのマンダジはふわふわの食感とほのかな甘みが格別で、食堂で作っているところにばったり行きあたった日には、ついつい出来上がりを待って買い求めてしまう。

もうひとつ、ベナの人々が好きな揚げ物にバギア(豆の揚げ団子)がある。こちらは、エンドウやササゲといったマメ類を挽いた粉に塩を加えて水で練り、お好みで刻んだ玉ねぎやトウガラシを加えてペースト状の生地をつくり、スプーンで丸くすくって一口サイズに揚げたものだ。これもおやつに食べるが、とくにトウガラシを効かせたササゲのバギアは独特の風味があり、酒のつまみとして大人たちに人気がある。中近東料理のファラフェル(ヒヨコマメをすりつぶして香辛料を加えて揚げたもの)によく似ているので、かつてインド洋交易によって調理法がもたらされたのだろう。

【写真3】台所でバギアを揚げる仲良し母娘。 この売り上げで、娘の学校のノートを買う予定。

日曜日になれば、教会のミサから帰る人々をあてこんで村の広場に小さな市がたち、マンダジやバギア売りの女性がずらりと並ぶ。作り手によって材料やその配合比、形状、揚げ加減に違いがあり、好みの味を求める人々で賑わい、飛ぶように売れる。マンダジもバギアも、高価な油を多く使うので家庭で供するには難があるが、商品として販売するなら、原価を回収して確実に利益をもたらす。女性たちの手ごろな小遣い稼ぎの方策になり、人々の舌を楽しませているのである。

【写真4】マンダジとバギアを売る女性たち。 撮影のため群がるお客さんに避けてもらってたので売り子の女性はシブイ顔。 あとでお詫びにたくさん買いました。

ところで、私の経験と友人たちのフィールドワーク談義をつなぎあわせて考えるに、マンダジはタンザニア各地で広く食べられているのに対して、バギアはそれほどポピュラーなものではないようだ。谷地畑などでマメ類の栽培が盛んなベナの地だからこそ、「おかず」だけでなく「おつまみ」の材料としてマメ類を利用する習慣が根付いたのかもしれない。私は密かに、バギアを豚肉のムシカキ(焼肉)と茹でたピーナツに並ぶタンザニアの「3大おつまみ」と呼び、なかでもバギアをベナの村でしか食べられない逸品と認定している。