村人の手による水力製粉機(タンザニア)

黒崎 龍悟

私たちが主食のコメを手に入れるといえば,精米されて袋詰めされたコメを買うのが一般的なので,収穫された稲が調理できるコメへと精製されるプロセスを目にする機会はほとんどない。

この点,タンザニアの農村では,主食を自給している世帯がほとんどなので,穀物を挽く作業はとても身近なものだ。もっとも村ではコメを食べるための「精米」の機会は少なく,トウモロコシやキャッサバを粉にするための「製粉」が身近な作業である。この粉をお湯に溶いて団子状に練り上げたものが「ウガリ」で,タンザニアで最もポピュラーな主食となっている。

タンザニアでの製粉作業は家のお母さんや子どもたちの仕事とされている。もともとは臼と杵や,ときには石を使って穀物を挽いていたのだが,これはかなりの重労働で,今やトウモロコシを臼と杵を使って粉にまでする人はいない。だいたいがディーゼルによる製粉機械がある製粉所にトウモロコシなどを持ち込み,そこで代金を支払って粉にしてもらう(※1)。製粉機械はお母さんたちの労働時間を飛躍的に減らしたが,実はこれが農村での悩みでもあって,年々高騰しているディーゼル価格と連動して製粉価格も高くなり,多くの人がその費用を捻出するのに頭を悩ませている。

農村での一般的な製粉機

その一方,数は多くないが,タンザニアにはディーゼルではなく水力を利用した製粉機もある。これは川の本流から支流をつくり,水を高いところから落として水車を回し,その動力を製粉に利用するものである。流量と落差があれば実現できる。何かを消費するわけではないので,ディーゼルの製粉機に比べて圧倒的にランニングコストが低く,大規模な環境の改変も必要としない。

私が良く行く地域では,キリスト教系のNGOがこれまでに水力製粉機を数か所に導入していて,ディーゼルによる製粉機よりかなり安価で製粉サービスを提供し,多くの人々の家計を助けてきた。この地域で実施されたJICAプロジェクトでも水力製粉機が導入され,住民の手で10年以上安定的に運営管理されている。その村のみならず,近隣の村からもわざわざ製粉しに来ている人たちがいるほどである。

JICAプロジェクトで導入された水力製粉機。他の村から見学に来た人たちに説明をする村人
 

興味深いのは,こうしたNGOやJICAプロジェクトの取り組みに影響を受けて,独力で水力製粉機を製作する村人がいることである。鍛冶職人などと協力しつつ,身近に調達できる部品や車のボンネットなどの廃材を最大限に利用して製粉を実現しているのには,ただ驚くばかりであった。

ある村人の手による水力製粉機

また,2010年には,隣の州の山岳地帯の農村に調査に行く機会があり,そこでも独力で水力製粉機を製造している小学校の先生に出会った。この人は,もともとディーゼルの製粉機による製粉所を運営していたのだが,2000年に燃料価格の高騰を経験した際,水力製粉機へと切り替えていく可能性を模索し始めたという。そして私財を投じて,やはり身近な素材を活用し,10年近くの年月をかけて水力製粉機を完成させた。ついでにいうと,この人物は,今ではこの水力を利用して発電までしている。昼間は近隣の村人に安価で製粉サービスを提供し,夜は同じ動力を発電機に連結させて,自宅や発電工事に協力した世帯に送電している。それぞれの家庭では光を灯したり,携帯電話を充電したり,点灯養鶏(※2)をしたり,テレビでDVDを見たりしている。将来的には小学校や地域の診療所にも電気をひきたいという。

小学校の先生が手掛けた製粉所。左は製粉に訪れた女性。

左手に水車が収納されている。右手手前にあるのが発電機,奥に見えるのが製粉機。夜になるとベルトを発電機に付け替える。

タンザニアの都市では計画停電,食料も水も購入,しかもインフレ気味というようなのが現状。それでも都市と比較して農村では手に入れられない現代的サービスはいくらでもあることから,多くの村人は都市的な生活に憧れているようだ。しかし,少なくともここで紹介した農村では食料と水は自給できるし,穀物を挽くというもっとも日常的な作業も燃料価格の高騰といった外部経済にふりまわされずに済んでいる。さらに電力まで自給しようとしているのを見たら,農村の方が都市よりも何歩も先を行くライフ・スタイルを実現しているように思えてならない。

 

※1 トウモロコシを粉にするためには,まず胚を取り除き(スワヒリ語ではkukoboa),それから粉にする(kusaga)。出費の節約のために,家で臼と杵を使ってkukoboaだけを済ませてから製粉所でkusagaを依頼する家庭も少なくない。
※2 自然界よりも長い日照環境を人為的に作り出すことで,鶏の産卵周期を短くしようとするもの。雛や卵を効率的に生産することができる。