「酔う人、酔わない人」(タンザニア)

溝内 克之

タンザニアの中心都市ダルエスサラーム、蒸し暑いこの街では、夕方になってやっと体がまともに動かせるようになる。夕暮れ時、街のはずれにある大型バー「リバーサイド」には多くの人が集まってくる。仕事の疲れをいやすため、結婚式の打ち合わせのため、イギリスのサッカー・リーグをテレビ観戦するため、それぞれがそれぞれの時間を過ごすため、もしくは誰かと時間を共有するために集まってくる。私はビール片手の調査のためにリバーサイドに足を運ぶ。


お客が集まり始めたリバーサイド、車が並ぶ
 

私が調査対象にしているチャガ人は、故郷のキリマンジャロ山間部の村を離れ、都市部で商売人として活躍している人たちが多いことで知られている。多くの成功商人・大企業家も輩出しており、他の地域の人たちから「抜け目のない人たち」、「しっかりものの商売上手」というイメージを持たれるほどだ。チャガ人は多様な分野の商売を営んでいるが、バーを経営するチャガ人は多いらしい。「チャガ人は酒好きだからだ」と私のホームステイ先のお父さんが、笑いながらその理由を教えてくれた。リバーサイドの経営者も、チャガ人だ。彼は巨大な葬式講(注)の中心メンバーで、このバーではしばしば葬式講の集会が開かれる。そのためか集まるお客もチャガ人が多いように感じる。その日の私の調査対象は、バーを実質的に取り仕切るマネージャー。葬式講の事務手続きの窓口も彼がやっている。

「キリマンジャロでいいかい」とマネージャーが、私にビールをおごってくれた。キリマンジャロは、タンザニアで最も売れているビールの銘柄の一つだ。タンザニアのビールは非常においしい。昔、学部生時代の恩師が「アフリカの国の中で、タンザニアとカメルーンのビールが美味いんだ。どうしてか分かるかい?ドイツが植民地宗主国だった時期があるからだよ」と教えてくれたが、真偽のほどは定かではない。


手前の瓶が「キリマンジャロ」
 

さて、マネージャー本人は、「仕事中だからね」と炭酸水を女性スタッフに注文し、私のビール分とあわせてお金を支払った。公私混同をせず、自分の分も支払う彼の態度が経営者に気に入られているからだろう、彼はバーの要の役を任されている。見た目は強面だが、物腰の柔らかい彼は、いつもバー全体が見渡せる場所に陣取り、スタッフにてきぱきと指示をだす。仕事の合間に、葬式講内で起こった詐欺事件や自身の独立開業の計画などを私に話してくれる。

「ドンガラガッチャーン」
バーの奥で何かがひっくり返される音が聞こえた。どうやら酔漢が暴れているようだ。「ごめん。ちょっと行ってくる」と慣れた感じで、騒ぎのほうに歩きだすマネージャー。「わー」「きゃー」、飲み過ぎでふらふらの青年が暴れている。「おい、やめろ〜」と止めようとしている酔漢の友人の足もふらふらだ。マネージャーともみ合いながら、私の席までやってくる。そしてあろうことか、マネージャーに殴りかかる。ふらふらのコブシが、フニャリとマネージャーの顔をなでる。すこしは痛そうだ。
「あー、こらこら」と私が、酔漢を制止しようとすると今度はこちらに向かってくる。「お前は、空手を知ってるのかーーー。○×☆」と叫びながら私の胸ぐらをつかんだ。残念ながら空手道は知らないが、タンザニアの警察で護身術として柔道を教えていた私は、酔漢を怪我させないように取り押さえた。実際には、ふらふらの彼をちょっとひっぱったら転がったと言ったほうが正しいかもしれない。その様子を見たマネージャーや女性スタッフが「きゃーーーーーー」とか「だめだめ」とかいいながら、今度は私をとめにきた。あとで聞いた話だが、香港あたりのカンフー映画を見る限り、アジアの人は、相手をコテンパンに倒すので、私もそうすると思ったらしい。

結局、酔漢とその友人は、バー近くの交番で一晩過ごすことになったよう。翌朝、マネージャーから電話があり、交番に行くことに。交番につくと酔漢の奥さんが引き取りに来ていた。酔漢とその友人はあまり記憶がないようだ。マネージャーとはすでに話がついているようで、私への事情聴取の後、私が「いいですよ」言えば彼らは釈放されるという。奥さんの前で小さくなっている彼を見るとなんだかかわいそうになってくる。
釈放された彼らと近くの食堂で遅い朝食をとることになった。彼らによると壊した机、イス、グラス、そして慰謝料でいくらかのお金を支払ったらしい。「そんなに壊れていたかな・・・」と思っていると、しっかり者らしい酔漢の奥様「チャガ人の店で暴れるからよ。彼らはしっかりしてんだから。酒の飲みすぎよ!!」と夫をしかりつけた。

 

私の個人的経験からみて、タンザニア人は日本人よりもお酒が強いけれど、彼らのように羽目を外し過ぎる若者は、日本と同様に少なくない。しかし一方で、仕事や学業を優先し、お酒を制限しているチャガ人の友人が少なくない事に気がつく。仲の良いチャガ人の大学生は「卒業するまで、酒は飲まない」といっていた。マネージャーだって本当は無類の酒好きなのに、仕事中は炭酸水を飲んでいる。「しっかりもの」のレッテルを貼られている彼ら、それを実践するように仕事としての酒とプライベートでの酒を分けている人も多いようだ。

後日、マネージャーに「ところで、いくら払わしたの?」と聞いてみた。「ガハハ」と笑い、「命の恩人に」とキリマンジャロ・ビールをおごってくれた。


葬式講の集会の打ち上げでビールを飲むチャガ人男性たち
 

注:アフリカの多くの社会では、出身地(もしくは先祖の出身地)で死後に埋葬されることを慣習としている社会が少なくない。そのため移動・移住先の都市で、遺体を搬送するための費用を相互扶助する講が設立されていることが多い。