6月から農村で調査をはじめました。セネガルの雨季は7月から10月の3ヶ月。村でインタビューをしていると、「ちょうどもうすぐ雨季だし、お前も農業やってみたらどうだ」と言われ、トントン拍子に空き地を分けてもらうことに。セネガル北部の半乾燥地帯、畑に植えるのはたいていササゲ、ラッカセイ、トウジンビエ。家畜よけの柵をアカシアの枝で作り、農地は完成。さてなにを植えるのかという話になり、家のお父さんが言いました。
「こっちからこっちには、”ハル”でも植えたらどうだ?」
ハル??「ハル」はウォロフ語で「羊」を指します。羊の話がなぜここで?わけがわからず聞き返しますが、何度聞いても「ハル(羊)を植える」と聞こえます。お父さんは困った顔で、地面に絵を書いて説明してくれました。
「ハルってほら、こんな具合に丸くて、中が赤い、甘いやつだよ」
ああなんだ、スイカか。何度か聞き返してやっとわかりました。スイカも「ハル」と言うのです。
日本語で言えば、「春」の発音に近い。ウォロフ語で表記*すれば、”xar”が羊で、”xaal”がスイカ。スイカの方が長母音ですが、伸ばし棒の「ハール」ほどではない微妙な「ハル」です。日本人にはどうしても同じに聞こえてしまうのですが、セネガル人は長母音と短母音、”r”と”l”で聞き分けています。語尾を巻いて発音すれば「羊」、少し伸ばしているように聞こえれば「スイカ」。難しい。
同音異義語はどの言語にも存在します。この「ハル」もあげるとキリがありません。ウォロフ語・フランス語辞書**によれば、以下の通り。
ハル xaal [xa:l]:melon ; pastèqueスイカ
ハール xaar [xa:r]:attendre 待つ
ハル xar [xar]:mouton 羊
ハル xar [xar]:fendre 割る、割れている、ひび割れ
頻出だけをまとめても4つあります。「待つ」のxaarはまだ「ハール」という発音に近いのですが、セネガルで生活した当初は聞き取るのに大変苦労しました。
さて、「ハル」を植えて2ヶ月が経ち、まんまると太った実をお父さんと見ていると、いくつか虫食いの跡を見つけました。嫌な予感がして割ってみると中身はほとんど虫に食い荒らされていました。残念だと言いつつ、お父さんはニヤニヤしながら呟きました。
「Xaal ji, dafa xar」
ハルはハルだ。つまり、”xaal スイカ”は”xar 割れている”というシャレです。言われた瞬間意味がわからず、「スイカが待つ(xaar)?え、なに?羊(xar)?」と尋ねる私に、彼はまた困った表情で笑っていました。
注
* ウォロフ語では”x”は「ハ行」の音を書き表します。”xi”であれば「ヒ」、となります。
** Jean Léopold DIOUF (2003) “Dictionnaire wolof-français et français-wolof” Karthala