哀れなハイエナの話 (ケニア)

中川 宏治

私が青年海外協力隊として派遣されているメルー国立公園の教育部局では、小学校に環境教育の巡回指導を行っている。その巡回指導の目玉、野生生物の生態を取り上げたビデオ上映会は大変好評で、目を見開き、教室の前方にある小さなテレビの画面を凝視している子供たちは、時々肩を抱き合って、白い歯を見せながら歓声を上げている。

教会で野生生物のビデオを見る大勢の生徒たち

 

特にハイエナが登場するシーンでは、子どもたちはみな大声で笑っており、少し不思議な感じがする。バッファローのお尻に噛みついたハイエナが引きずられる場面や「ウォーン、ウォーン」と遠吠えをするハイエナの映像、足の速いガゼルを追いかけるがなかなか追いつかない場面などでは、教室は笑いの渦に包まれる。私はすぐに、以前、同じ協力隊の知人から、ケニアの動物園で子供たちがハイエナを見て大笑いしていたよ、と聞いたことを思い出した。確かに、ハイエナの風貌は洗練されているとは言い難く、その外見から笑い者にされているのではないかと思っていた。

ハイエナの登場シーンでは一段と盛り上がる

 

ところで、メルー国立公園に赴任した当初、私はムティンダという男性と一緒に暮らしていた。公園内の河畔林の横にある私の家では、毎晩ハイエナの気の抜けたような遠吠えが聞こえてくる。彼は、夕食時、ケニアのことをまだ何も知らない私に、いろんな話を聞かせてくれた。公園内のロッジで働いていた頃、ライオンのハンティングを見た自慢話や、ソマリアから来た山賊が頻繁に村を襲っていた小学生時代、林の中で寝ていた時に同級生の女の子がライオンに食べられてしまった悲しい話などを印象深い話も多かった。夜になるとなぜか底なしのように深く感じられるケニアの森とそこから聞こえる風にそよぐ梢の音、虫の音、獣の唸り声などが創り出す雰囲気がとても心地よかった。


ムティンダはいろんな話を聞かせてくれた

 

ある日の晩、彼はハイエナとヤギの話を聞かせてくれた。

ヤギの母親と子供たちは、干ばつのために、食べ物が食べられない日が続いたため、食べ物を求めて旅に出ていた。ある日、ある家を訪れ、家の中から現れたハイエナに事情を説明すると、ハイエナは「どうぞ。この家にはトウモロコシがたくさんあるから御馳走してあげるよ」と言って部屋の隅に置いてあるトウモロコシを見せた。ハイエナは、ヤギの家族に、ウガリを作ってほしいと頼んだが、子供たちをとても嬉しそうな顔をして眺めているハイエナの姿を見て怪しく思った母親は、ハイエナが子供たちを食べようとしていることに気がついた。母親は、子どもたちを集めて作戦会議を開き、一昨日は鳥を食べた、昨日は牛を食べた、今日はハイエナを食べるぞ、といった内容の歌を歌うことに決めた。ヤギの家族が、その歌を歌って、ジャンプしながらウガリを作っていると、怖気づいたハイエナはとうとう逃げ出してしまった・・・。

この話を聞いた時、子どもたちの笑いの理由が見えてきたような気がした。その後、何人かのケニア人に聞いてみると、ハイエナとワシ(鳥)が登場し、食い意地のあるハイエナをテーマにした物語や、肉の匂いがすると、慌ててふためいたハイエナが骨折したといった内容の諺まであるということが分かった。中には、分かれ道まで歩いてきたハイエナは、両方の道から肉の匂いが漂ってきたので、そのまま両方の肉を得ようとして進み続け、股が裂けてしまった、という少々残酷な諺まであるという。私は、ケニアではハイエナが貪欲で臆病な動物として昔話や諺で伝承されてきたので、ケニア人にとってのイメージもそのような笑いの対象として固定されているのではないかと思っている。ただ、厳密には、簡単に結論できるものではない。

海外経験に乏しい私にとって、このハイエナの一件がひとつの教訓になったと思う。

日本人の感覚で何かおかしいと思うことがあったら、その背景に意外な要因があるかもしれないということ。たとえば、ケニアでは欠伸をした際に、おなかが減っているのと聞かれることが多いが、この背景にも何か理由があるに違いない。

今夜もハイエナの遠吠えが聞こえる。あの物語を聞いてから、夜遠吠えを聞くと、ケニア人に笑い者にされている哀れなハイエナを思い、一人で笑ってしまうことがある。私のハイエナに対するイメージも変化してきたのかもしれない。