善積 実希
「もう準備は終わった?」
「まだ着替えているよ!」
「ぼくはもう準備できたよ!」
朝の7時。40人ほどの子どもたちが一斉に身支度をしています。早くしないと学校に遅刻してしまいます。ここはケニアのとある場所にある、障害をもつ子どもたちが寝泊まりしている施設。とても賑やかでバタバタしているのはいつもの朝の光景です。朝食と着替えを済ませた子どもたちは、駆け足で施設を出て行きます。急に静かになった施設にぽつんと取り残されたわたしは、なんだか寂しいような、物足りないような気持ちでいっぱいになります。わたしはこの施設でフィールドワークをしながら、ボランティアのスタッフとして子どもたちのお世話もさせていただいています。
そろそろ朝の仕事を始めるか、と気合いを入れたところに、ぽつんと一人でいる女の子を見つけました。彼女の名前はサラ。下肢の障害と軽度の学習障害をもつ彼女は、2本の杖を使って生活しています。施設の近くにある小学校の特別支援クラスに通う彼女は、勉強が大好きで、学校の話題になると話がつきません。そんな彼女が、制服にも着替えることなくひとりで座っているのです。
「杖が折れちゃった」
今にも目から涙があふれそうなようすでボソッと呟きました。ふと彼女の杖に目をやると、1本の杖が真っ二つに折れているではありませんか。これでは杖を使って歩くことはできません。そのため、彼女は仕方なく学校を休むことにしたそうです。彼女が使っているのは「多脚杖」という地面と接する杖先が4点ある安定性が高い杖です。
写真1【サラが使う多脚杖】
この杖の支柱が真っ二つに折れてしまったとのこと。長いあいだずっと使っていた杖なのでそろそろ寿命かとおもいつつも、施設に予備の杖もなく、杖を新調するための予算もありません。残された手段はただひとつ、修理すること。でもどうやって?わたしにも彼女にも修理はできません。そこで友人と一緒に、杖を修理してくれそうな修理屋をあたってみることにしました。ここの町では、スワヒリ語でフンディとよばれる修理屋がいます。車、自転車、バイク、それぞれ専門のフンディもいれば、全てを手がけるフンディもいます。フンディならなんとかなるかもしれないと、町にあるフンディを片っ端からあたっていくことにしました。けれども、どのフンディにも断られてしまいました。鉄製の棒を接合する作業は難しいようです。途方に暮れていると、一人のフンディが
「これだったら、ガスを使っているフンディを探すほうがいいよ」
と話してくれました。ガスのパワーを使うと、太い鉄どうしを接合させることができるようです。落胆していたわたしたちに一筋の光が見えてきました。とりあえず、手当たり次第に町のフンディに再度あたっていきました。うちだったらできる、と請負ってくれるところを見つけました。やっと修理してもらえると安堵したところに
「杖ってどういうものなんだ」
という答えが返ってきました。初めて杖を修理することになったフンディは、真っ二つになった杖を前にして戸惑っていました。わたしたちがもうひとつの杖をみせながら説明してみましたが、なんとも腑に落ちないようすのフンディ。なぜなら、杖の修理にはわたしたちのこだわりがあったからです。サラは、成長するとともに杖の長さが十分ではなくなっていたのですが、彼女が使っている杖の支柱の長さは調節することができない作りでした。そのため、彼女は少し猫背になりながらも杖を使い続けていました。そのようすを知っていたわたしたちは、少しでも彼女の姿勢がまっすぐになるようにと杖の長さを調整したいと考えていました。彼女とともにフンディがいるところまで来ることができればよかったのですが、車を調達できず、わたしたちだけが来ることになったのです。彼女の背丈や日頃のしぐさなどを必死で思い出しながら、鉄の接合に加えてフンディに長さの調整もお願いしました。やはり難しいかと諦めそうになっていたところ、機械が作動する音が聞こえてきました。フンディの手がせっせと動き始めたのです。わたしたちのつたない説明を汲んで、なんとか修理を始めてくれたようです。修理の順序は以下のとおりに進みました。
<ステップ1>
接合部分を整えるために、支柱を少し削る。
<ステップ2>
両方の杖の長さをそろえるために、折れていた杖の棒に少し長めの鉄をつぎ足す。ガスを使って溶接用ワイヤを溶かしたものを流し込み、鉄を接合する。
<ステップ3>
脚部の長い部分を削り、4本とも同じ長さにそろえる。
写真2【相談しながら修理するフンディ】
接合作業が完了したあとに、わたしたちは、これでは長すぎる、これでは短すぎる、と細かく調整を依頼しました。今おもうと、わたしたちはとても小うるさい客でした。けれども、わたしたちのこだわりを形にしてくれたフンディはさすがプロ。もとどおり以上のできに仕上がり、修理代は500円ほどになりました。
サラに一刻も早く杖を渡したいわたしたちは、すぐさま施設に戻りました。彼女は人の出入りのようすがうかがえる場所に座り、わたしたちの帰りを待っていました。修理された杖を手にした彼女は少しはにかんだような表情。もうすっかり日も暮れてしまいました。修理をしに出かけてからすでに3時間ほどが過ぎていました。フンディ探し、修理の説明、修理代の交渉…。たくさんの苦労をしましたが、彼女のようすをみる限り、今回の手探りの修理は成功したようです。