手仕事を動かす心とお金―ボルガタンガのバスケットづくり(ガーナ)

牛久 晴香

「ねえ、アニャリガマ。この色はいまいちかしら。」
アラーヒはバスケットをグルっと一周させ、できばえを確認するそぶりをしながらわたしに尋ねる。彼女はわたしの返事を分かっているに違いない。
「とってもいいじゃない、素敵よ。」でも、それが素直な感想だ。
「あら、そう?じゃあアニャリガマが日本に帰るときには、これと同じものを編んであげるわね。」
そう言う彼女の表情は嬉しそうで、少し誇らしげでもある。

ガーナ北東部のボルガタンガ地方は、イネ科の草本を用いた手づくりバスケットの一大産地である。約20万の人口のうち、バスケット生産者(以下、「編み手」とする)は5,000人から10,000人程度と推計されているが、わたしの調査地であるN村では、老若男女ほとんどの人がバスケットを日々作り、販売している。編み手は専業の職人ではなく、自給の基盤を支える農業や、現金収入を得るためのさまざまな経済活動と組み合わせながらバスケットを編む。世界各地の農村地域でおこなわれる日用品製作のようにみえるが、ボルガタンガ地方では農林水産業に次ぐ産業がバスケット産業で、地域経済にも大きく貢献している。

このバスケットは、欧米や日本では「ボルガ・バスケット(ブルキナ・バスケット注1)」と呼ばれている。「アフリカンバスケタリーの代表格」(アフリカ雑貨アザライ online)とも評され、ファッションバッグやインテリア用品として広く流通している。品質の高さには定評があって、細やかな編み目や「アフリカらしい」とも表現されるカラフルな色柄が特徴だ。近年では、「手仕事」に対する評価の高まりや、フェアトレードやロハスなどに代表される「倫理的消費(ethical consumption)注2」の隆盛ともあいまって、ますます多くのバスケットがボルガタンガの農村地帯から世界に向けて輸出されるようになった。2014年の輸出額は1.3億円にのぼる。以上からも想像されるように、ボルガ・バスケットは地域の生活では使われない「先進国」向けの輸出商品だ。

日本で売られているボルガ・バスケット(京都高島屋、2013年4月10日筆者撮影)

わたしは2010年から、ボルガタンガ地方でバスケット産業の形成と発展に関する研究をつづけている。調査の一環で、ボルガタンガにいるときには自分でもバスケットを編んで販売するようになった。編み手の仕事のすごさや難しさを実感として理解したかったからだ。現在ではバスケットの構造や編み方といった技術的な要素は一通りわかるようになったが、今でもわたしは「先輩」である他の編み手と一緒にバスケットを編むことにしている。先のアラーヒはわたしが最もお世話になっている先輩のひとりだ。

他の編み手とともに編む理由には、単純に一人で編むのが楽しくない(しんどい)こともあるが、彼らのバスケットからデザインのアイディアをもらいたいという事情もある。先に述べたように、ボルガ・バスケットはファッションバッグやインテリア用品のような「見せる/魅せる」ことを目的としたバスケットである。そのため買い取り時の査定では、歪んでいない、壊れないといった実用品としての質だけでなく、見た目のよさも重要になる。

見た目に大きな影響をあたえる要素のひとつに、色の組み合わせがある。インターネットで画像を検索すると分かるように、ボルガ・バスケットの色柄は実に多様である。色柄は企業があらかじめ指定する場合と、編み手が自分で決める場合とがあるが、多くの編み手はどちらの方法も使ってバスケットを編む。後者の場合、編み手は手元にある色と原料そのものの色とをうまく組み合わせてひとつのデザインにまとめていく。

この色の選択が思いのほか難しい。わたしが選ぶと、赤・黄・緑の組み合わせや、原料そのものの色にカーキや紺といった、どこかで見たような取り合わせになってしまう。その点編み手は、自由自在に、ときにびっくりするような色も組み合わせる。それでも出来上がってみると調和の取れた色合いになるのだから不思議だ。

わたしは、「センスがないなら見て盗もう」と、バスケットの色柄を観察しつづけてきた。すると、ある程度のパターンはあるにしろ、編み手が全く同じ色柄のバスケットを編まない傾向があることに気がついた。編み手は製作に取りかかる際に、形状が同じバスケットを複数同時に編みはじめる。1個ずつ完成させていくよりも、同一の製作工程は並行して進めたほうが効率がよいようだ。しかし、複数を同時に編んでいても、バスケットの色柄は1つ1つ違う。下の写真は2月中旬にアラーヒが編んでいた3つのバ

スケットのうちの2つを映したものだ。柄は似ていても色の組み合わせが違うために、バスケット全体の雰囲気は大きく変わる。写真に収め忘れてしまったが、もう1つのバスケットもこれらとは全く違う色の組み合わせで編まれていた。わざわざ色を変える理由を聞いてみると、アラーヒは「わたしがそれがいいと思うからよ」とだけ答えた。

アラーヒが編んだバスケット。同時に編んでいても違う色を組み合わせる。

編み手が色柄の異なるバスケットを編む理由には、単に複数編むのに十分な色の持ち合わせがないという以上の理由がある気がしている。それは、編み手が新しいデザインで編んでみることを楽しんでいるのではないか、ということだ。わたしの経験からの話になるが、以前に編んだものと全く同じバスケットを編むのは、想像以上に退屈でしんどいものだ。かといって新しい色柄を考えるのも一苦労なのだが、それでも前とは違う色を使ってみたくなる。色柄があらかじめ指定されたバスケットばかりを編まない、同時に編んでいても色柄を1つ1つ変えるといった編み手の行為をみると、彼らもわたしと同じような感覚でバスケットを編んでいるのではないかと想像してしまう。別の言い方をすれば、今まで編んだことのないバスケットを生み出しつづけることにささやかな楽しさや喜びを感じていると思うのだ。

むろん、編み手が自身の創造力のおもむくままに、自由にバスケットを編んでいると考えるのは誤りだ。彼らにとってバスケット生産は、生計を支える重要な経済活動のひとつだ。それゆえに、編み手は少なからず市場での査定や評価を意識して色を選ぶ。ボルガ・バスケットの色柄や形状は、消費地である欧米や日本のライフスタイルにそのまま取り入れられるようなものばかりである。安定的に売れるデザインや、今人気のデザインに関する情報は、仲買人や企業からの直接的な指導や、売買を通じた間接的なやり取りを介して伝わってくる。こうした市場の評価に関する情報は、編み手の色柄の選択にも影響をあたえていることは容易に想像がつく。

しかし、編み手が利益だけを考えてデザインを決めていると考えるのも、一面的な見方でしかない。彼らは、市場の査定のいかんにかかわらず、自分のバスケットは「よいものだ」と自負している。そうであるから、相場よりも低く評価されれば、編み手は「あなた(買い手)はバスケットというものを分かっていない」とムキになるし、高く売れれば自分のセンスが評価されたという自信になる。

自分のバスケットが好意的に評価されることは、素直に嬉しいものだ。たとえば、編み手はわたしが褒めたバスケットの色や柄を驚くほどよく覚えている。先のアラーヒは、わたしが日本に帰る餞別にバスケットをプレゼントしてくれたが、それはわたしが冒頭で褒めたバスケットを髣髴とさせるものだった。あるときには、挨拶代わりに「素敵なバスケットだね」と声をかけた編み手が、後日改めて似たようなバスケットをつくって持ってきてくれたこともある。他者からの好意的な評価は喜びや自信とともに記憶に残るのだ。だからといって、編み手が市場で高く評価された色柄ばかりを編みつづけたりはしないことはすでに述べた。むしろ他者からの評価は、自分のセンスへの自信につながり、次の素敵なデザインを生み出す原動力になっている。

ボルガ・バスケットのような「手仕事」は人間の手の産物なのだから、それは直接心の動きと結びついているに違いない。新しいものを生み出すことの楽しさや、よい評価を受けることの喜びは仕事をつづける大きな理由となるだろう。心の充足感と金銭の問題とは、コインの裏表のようなもので、その両方がこの地域の手仕事を動かし、活性化させている。そうして生まれてきたバスケットがわたしたちの心を揺さぶり、さらなる消費を喚起させるのだ。

今年の夏、わたしは2年ぶりにボルガタンガに戻る。村でじっくり生活するのは、実に4年ぶりだ。この4年の間に、編み手はわたしが知らない色柄のバスケットをたくさん生みだしているに違いない。新しいバスケットの置き場所を今から考えておかねばと、嬉しい悩みに思わず頬がゆるむのだった。

注)

1「ブルキナ・バスケット」という呼称は、外国企業がボルガタンガ地方でつくられたバスケットをブルキナファソの企業から購入していたことに由来する。ボルガタンガ地方はブルキナファソ国境まで約20kmの位置にある。

2「倫理的消費」とは、経済行動や市場交換の善悪の問題を取り上げ、倫理性の視点を導入する消費実践の総称を指す用語である(De Neve 2008: 2)。具体例としてはフェアトレードやグリーンコンシューマー運動、地産地消運動などが挙げられる。

参照文献およびホームページ

  • De Neve, G., P. Luetchford and J. Pratt. 2008. Introduction: Revealing the hidden hands of local market exchange, In G. De Neve, P. Luetchford, J. Pratt and D. Wood eds., Hidden Hands in the Market: Ethnographies of Fair Trade, Ethical Consumption, and Corporate Social Responsibility. Research in Economic Anthropology 28. Bingley: Emerald, pp. 1-30.
  • アフリカ雑貨アザライ.「ボルガかごバッグ(丸・大)」(最終閲覧日:2017年3月19日)