伝統医療を信じる人たち(ガボン)

松浦 直毅

「病院の薬では子どもの病気が治らないんだ。君の村の医者を紹介してくれよ。」

私はアフリカ中部のガボン共和国で、熱帯林の狩猟採集民である「ピグミー」とよばれる人々の調査をしている。現在では定住化が進んでいるとはいえ、都市から遠く離れた村落で森と強く結びついた生活を送っている彼らは、他の人々から特殊な力をもった人々として特別視もされている。なかでも幅広い植物の知識にもとづく彼らの医療の能力は、多くの人々から一目おかれている。冒頭のセリフは、私がそんなピグミーの村で調査をしていることを聞いた町の知りあいが、ピグミーの伝統的な治療法を試したいと言ってきたときのものである。

他のアフリカ諸国と同様に、ガボンの都市部では近代的な医療が普及しており、首都リーブルビルには最先端の設備が整った病院もあるが、その一方で伝統医療が人々のあいだで広く信じられているという点が興味ぶかい。このような信仰は、村に住む人たちだけでなく、政治家や実業家などの有力者をふくめた町の人たちにも根づいており、ときには町の人たちの方が熱心に伝統的な治療を受けようとすることもある。病院に行っても病気が治らないとき、赤ちゃんがなかなかできないとき、家族のなかでもめごとがあったとき、仕事が見つからないとき、選挙で当選したいとき…。人々は、日常のさまざまな困難や悩みを解決するために、それぞれの地域で活動している呪医(地域の言葉で、ンガンガnganga)を頼る。

実は、私がお世話になっている村の村長は地域でも名の知られた呪医であり、その能力をもとめて遠く離れた町から依頼者がやってくることもある。ふだんは車の通行がほとんどないデコボコの山道を何時間もかけて、近くの町からだけでなく、ときには400km以上も離れた首都リーブルビルから、「患者」はやってくる。治療を受けるためにはたくさんのそなえものを用意し、高いお金を払わなければならない。一度の治療にかかる費用がガボンの平均的な月収を越えるようなことも珍しくない。それでも人々は真剣に悩み、それを何とか解決しようとしてやってくるのである。

地域でも名の知られたピグミーの呪医

治療の依頼を受けると、呪医である村長は森へと薬になる植物を探しに行く。一方、村では人々が総出で治療のための準備を整える。ここでおこなわれる伝統的な医療は、医者が患者に薬を処方するというだけでなく、村の人たちが協力して盛りあげる儀礼的なものなのである。人々が歌ったり楽器を鳴らしたりして場を盛り上げるなかで、「患者」はからだじゅうに装飾をほどこされた格好で、呪医から薬用植物を処方される。歌と踊りにいろどられた治療は一晩中つづけられる。そんなもので「治療」ができるのかといぶかしく思われるかもしれないし、おまじないや願かけのようなものではないのかと思われるかもしれない。しかし、単なる迷信などではなく、彼らが生きている現実にはたしかに呪術的な力があり、伝統医療があるのである。「病は気から」だと言ってしまうのではなく、人々がどのような問題に直面し、それにどのように対処しているか、その生き方や背後に広がる世界に目を向けることが大切だと私は思う。

女性や子どもが歌い踊って治療を盛りあげる

一晩がかりの治療を無事に終え、患者を送り出した呪医である村長は、さすがに疲れきったようすで私のところにやってきた。

「足が痛いんだけどいい薬はないか?」

前の晩に神秘的な力で治療をほどこした呪医にはとても思えなかったが、適当な薬がなかったので、害はないだろうと思ってビタミン剤をあげておいた。

翌朝、村長はうれしそうにやってきた。

「おまえの足の薬は良く効くなあ!」

やはり「病は気から」なのだろうか。