親しい人と酒をのむ(エチオピア)

山野 香織

「こうやって飲むのは、親しいというしるしだよ」
一つの大きなプラスチックのコップにボルデをなみなみと注ぎ、二人の女性がそれを同時に飲む。口を極力近づけないと、その隙間からボルデがこぼれ落ちてしまいそうだ。しかし、二人の女性はコップに入ったボルデを一滴もこぼすことなく一気に飲み干した。その粋な飲みっぷりに、思わず歓声を上げそうになった。

男性同士ではほとんど見かけないが、女性同士では親しい間柄になると、一つのコップを二人で同時に飲むダコという飲み方をする。これは、互いに均等に飲めるからという説もあるらしいが、彼女たちは単に「親しいから」という。


二人でボルデを同時に飲む

 

エチオピア西南部のとある農村部では、ボルデというローカルビールが造られている。家庭で飲むこともあるし、畑仕事が終わった後に飲むこともあるし、市場で飲むこともある。原料はエチオピア特有のテフという穀物、トウモロコシ、モロコシから成っており、濁酒のようなものである。アルコール度数はそんなに高くはない。コップになみなみと注いで口に含み、穀類の粕をペッ、ペッと飛ばしながら飲むのが通常のスタイルである。

村では週に一度、既婚女性たちの集会が開かれる。そこではたいてい、育児、HIV、衛生面などに関する話が議題とされる。集会が終わると、ボルデを売る女性もやってきて、女性たちは友人とともに1杯飲んで家に帰っていくのである。ボルデはたいていプラスチックのコップで飲むが、家庭で飲む場合はワンチャという土器でできた杯で飲むこともある。

ある日、パッキングをして隣村に行こうとした直前、村のクリニックで働いているダマネッチという女の子の家を訪れた。隣村へは険しい山道を2時間ほど歩いて行かなければならず、しばらくそこで滞在する予定だったので、しばしの別れの挨拶をするためだった。彼女は、私がこれから山道を歩くということが分かると、台所の方からボルデが入ったポットと、大きなワンチャを二つ取り出してきた。

「これを飲んでから行きなさい。体力がつくから」
そういって、彼女は自分の分と私の分のワンチャに、それぞれ溢れんばかりのボルデを注いだ。 3分の1を飲んだところで、少々ギブアップ。「これ多いね・・・」というと、「まだまだ」と彼女はいう。 談話をしつつ、また挑戦する。やっと半分をきった。「もうこんなにお腹がふくれた、もう限界だよ」といって、私は彼女にお腹を叩いてみせた。にもかかわらず、彼女は涼しい顔で「残したら山道で倒れるかもしれないでしょ?」と、まだまだ折れない。彼女のワンチャにはまだまだボルデが残っている。「あなたも飲みなさいよ」と私も言ってやる。「私は飲んでるよ」と彼女も言い返す。


ワンチャに注がれたボルデ

 

そんなやりとりをしているうちに、私はやっとボルデを飲み干すことができた。
「ふぅ〜、飲んだ・・・」
「がんばったね。ほら、日が暮れてくるし早く行きなさい」
こうして、ダマネッチとのボルデをめぐる戦いは終わった。

私はほろ酔い気分のままゆっくり立ち上がり、彼女に見送られた。 「気をつけていってらっしゃい。帰ってきたらまたうちに来なさいね」 どこまでも世話好きで、どこまでもあたたかい。

ボルデでタブタブになったお腹をかかえながら、山道を歩いた。隣村は随分と高地にあるため、非常に山道の傾斜が激しい。足を引きずりながら、一歩一歩進んでいく。息も切れそうになる。何度も立ち止まりそうになる。でも不思議と、いつもより元気かもしれない、などと思ったりする。ほろ酔いのせいで僅かに疲れが半減するかのような錯覚に陥っていた。

ダマネッチの優しさとボルデのあたたかさが身に染みた。
ボルデは親しい人と分かち合うもの。
あるいは、人と人を親しくさせるものなのかもしれない。

そんなことを思いながら、また一歩、また一歩と、新たな人との出会いに胸をふくらませた。