大河のトイレ事情と環境問題

 松浦 直毅

全長約4700km(世界5位)、流域面積368万平方km(世界2位)、アフリカ大陸のどまんなか、コンゴ盆地の熱帯雨林を雄大に流れるコンゴ川は、豊かな生物多様性を育む命の源であるとともに、人々の生活を支える交通の大動脈でもある。広いところだと10kmをゆうにこえる川幅があり、対岸のようにみえる場所がじつは中洲で、本当の対岸はそのずっとずっと先にある、ということも珍しくない。

2016年8月、コンゴ民主共和国中部にある調査地に行った際に、私は研究チームのメンバーら5人とともに、コンゴ川をさかのぼる1泊2日の船旅を経験した。首都キンシャサの中心から北東に車で1時間ほど、コンゴ川河畔の船つき場に向かう。群がる人々の喧噪に包まれながら、大きな船外機がついた木造の屋形船に大量の荷物を積み込み、調査に向けて出航する。コンゴ川はふたつの「コンゴ」の境界になっており、進行方向にむかって右側はコンゴ民主共和国で、左側はコンゴ共和国である。このあたりは比較的乾燥した地域で、両岸には起伏に富んだサバンナ地帯が広がっており、ところどころで野焼きの煙があがっている(写真1)。

写真1. 岸辺の村

景色を眺めながら、穏やかで広々とした川を快適なスピードで進む旅は気持ちが良い。広いスペースにプラスチックのテーブルとイスをしつらえた船内も快適そのもので、港で買ったばかりのバゲットにハム、チーズ、野菜をはさんだサンドイッチをつくり、挽き立ての豆でコーヒーを淹れ、優雅に食事をとる(写真2)。待ちきれないとばかりに、さっそく酒とつまみにも手をつける。心地よい風にふかれながら、ウトウトとまどろむ。いろいろと大変なことが多いコンゴでの現地調査であるが、こんなにぜいたくでふつうでは得られない時間もあり、それが現地調査の醍醐味であると思う。

写真2. 船内のようす

さて、そんな船内でもよおしたときにはどうなるか。屋形船のなかではさぞかし大変なのではないかと思われるかもしれないが、じつはトイレがきちんとついており、しかも快適で楽しい。船の後部にスペースが区切られており、便座がとりつけられている。その下はそのまま川、つまり川に文字どおり「垂れ流し」するわけである(写真3)。しゃがむと水しぶきがお尻にかかって、いうなれば天然のシャワートイレだ。自分の身体と自然とがつながっている感覚をおぼえ、とくに「大きい方」をするときには、ふだんの何倍もすっきりする。

写真3. 船内のトイレ、便座の下は直に川へとつながっている

みんながこうやって垂れ流しているとなると、水質の汚染が気になるわけだが、もちろん局所的に汚染が進んでいる場所はあるものの、コンゴ川全体としては、いまのところ著しい汚染が問題になっているということはないようだ。河川には「きたない」ものを「きれい」にするはたらき、つまり自然浄化作用があり、コンゴ川ほどの規模ともなれば、その器の大きさは計り知れない。船旅の道中、海のような巨大な川のなかで、ポツンと一艘、吹けば飛ぶような小さな丸木舟に乗って漁をする漁師(写真4)を見ていると、人間の営みは本当にささやかなものであるのだと感じ、太古の昔から数多の人間の営みを丸ごと受け止めてくれてきた大河のポテンシャルには畏敬の念を抱かずにはいられない。

写真4. 丸木舟で漁をする

とはいえ、コンゴ川での人間活動は現在、拡大の一途をたどっている。船旅の道中では、大きな町や工業地帯もいくつか通りすぎ、それ自体がひとつの町のような大型船が川を行き交うようす(写真5)を何度か見かけたが、ようやく政情が安定しつつあるコンゴでは、これからさらに経済発展が進み、それにともなって人間活動がますます拡大することも予想されている。現在約1000万人とされるキンシャサの人口は、2050年には3500万人以上、2100年には8000万人を超えて世界第2位になるという予測もある。コンゴ川がいかに巨大であるとはいえ、これほど急速な開発にともなう水質汚染は、自然浄化作用を大きく超えてしまうだろう。私たちは、コンゴ川が支える豊かな自然を守りながら、持続的に経済発展を進める、というむずかしい課題に取り組まなければならない状況におかれているのである。

写真5. 大型船

2016年につづいて2017年に私は、今度はコンゴ川の支流を下ってコンゴ川へと至る1週間の船旅をおこなった。その目的と顛末については連載エッセイ(https://afric-africa.org/africa/waiwai/)で紹介しているが、上記の困難な課題に対する私たちなりの取り組みであり、アフリックのプロジェクトの一環として実施したものである。大河のように巨大な問題に対して、私たちがしていることは、小舟の漁師のように本当にささやかなことなのかもしれない。しかし、小さな取り組みをコツコツと積み重ねていけば、いつかやがて大きな流れになるのではないかと信じて、これからもコンゴでの活動を続けていきたいと思う。私たちは、来年2020年にもまたコンゴ川を旅する予定である。