林 耕次
毎年、日本で初夏を迎える頃になると、物置から取り出してくる敷物(ござ)がある。
それは、カメルーン東部州の森林地帯に暮らす、定住した狩猟採集民バカ・ピグミーのおばちゃんに編んでもらった「ブング(búngù)」とよばれる手作りの敷物だ。
敷物「ブング」を編むバカ・ピグミーの女性
素材は、森から採取してきたンゴンゴ(ngongo)というクズウコン科の植物の、茎部分を裂いたものである。このンゴンゴは、バカ・ピグミーの人々にとって非常に有用な植物で、その大きな葉はドーム状の簡易住居「モングル」を覆うために大量に使われるほか、食材を包んでそのまま調理に使ったり、ちょっとした加工で皿やコップ、団扇(うちわ)としても使われる。
ンゴンゴの茎はすっと長く伸び、表面もすべすべしている。5ミリ程度の幅で茎の表面を裂いたものを森から持ち帰り、しばし乾燥させてから編み始める。編み手によっては、ある種の木の実や樹皮を煮出した液体を染料として、一部の裂いた茎を浸して、「藍色」や「コバルトグリーン」「灰色」といった色を編み込んで、個性的なブングを作りあげる。大きさはまちまちであるが、大体、120センチ×200センチくらいが標準的なサイズだろう。
ブングの表面はさらりとしており、ささくれるようなことはない。作りたてのものは、表面の色合いと相まって、やや青々しいかおりがするが、それは決して不快なものではない。かおりの質は異なるが、日本人的な意味合いとしては、「新しい畳のかおり」を彷彿とさせるといえようか。
編み手によって模様は異なる。
森での移動キャンプや定住集落での寝床では、このブングを敷いて寝る。また、女性たちが午後のひとときなどに外にブングを敷いて、何気なくぼんやりしたり、子どもや孫をあやしたりするのは日常の光景である。
持ち運びの際には、くるりと筒状に丸めるが、森への長距離移動の際などには、筒状のものをさらに折り込んでコンパクトにまとめる。私たちが寝袋をひとまとめにするような具合で、折り目も広げたあとはさほど残らない。
森のキャンプから戻ってきたバカ・ピグミーの女性。
担いでいる筒状の敷物は、編み込む茎の幅が太いタイプであった。
日用品であるこのブング作りは、女性でも、比較的年配の方がおこなっていた。とくに売り物として流通されているわけではないが、時々、「農耕民から頼まれて編んでいる」ということもあった。
また、20年ほど前の滞在時に、近隣地域で広く知られた歌の名人である高齢のバカ・ピグミーの女性(=儀礼パフォーマンスを取り仕切る役割でもあった)が亡くなった際には、遠方からも多くの弔問者が訪れ、葬儀は昼夜を問わず約一週間続いたことがあった。葬儀の際の供物として、現金のほかたくさんの獣肉、地酒や鶏などが集められたが、その中には大量のブングも納められていて、葬儀のあとに関係者へ再分配されていた。
供物として集められたブング。
作りたてで青々しいだけでなく、作りかけのものもあった。
前述のように、ブング作りは、比較的年配の女性が携わっており、私がたびたび作る様子を観察していると、よく冗談をいわれたりしたものだ。日本に持ち帰ったブングのいくつかは、そんな冗談を言い合ったおばちゃんから帰国前にプレゼントされたもので、中には10年以上経過したものもある。青々しい素材の色は薄茶色に変化し、かおりもすっかりなくなってしまったが、独特の弾力と表面の肌触りは相変わらず良好だ。染料で彩られた部分も所々色あせてはいるが、灰色部分は鮮やかなままである。
近日撮影した「ビンテージもの」ブング。
先のGW中に、知人の子ども連れの家族と、とある施設の庭で昼食をとった。その際、草が茂る地面にこのブングを子どもたちのために敷いてみた。いかにも手作りの、この敷物「ブング」をみたある方(おとな)は、これがアフリカの森で暮らす人々が手作りで編んだものであることに驚き、またその後、実際に触ってみて、座ってみて、少しひんやりとした心地よさに満足した様子だった。私はそれを、作ってくれたバカ・ピグミーのおばちゃんが褒められているような気がして、嬉しい気持ちになったのである。