『牙: アフリカゾウの「密猟組織」を追って』三浦 英之 =著

紹介:西﨑 伸子

アフリカゾウが近い将来絶滅したとしても「自分には関係ない」。この本を読んだ後でも、無関心のままでわたしたちはいられるだろうか。

本書は、現職の朝日新聞記者である筆者が、南アフリカ支局の特派員時代にとりくんだアフリカゾウの密猟組織の中枢に迫る取材の記録である。サバンナで圧倒的な存在感を示すアフリカゾウだが、その悠々とした歩き姿や威厳に満ちた行動とは裏腹に、象牙の闇をめぐる本書の内容は総じて重く、暗い。長年獣医師としてケニアの野生動物保護区で密猟の取締りをおこなっている滝田明日香の助言を得た著者は、アフリカゾウの群れを皆殺しにし、莫大な利益を得る「犯罪組織」をケニア人取材助手のレオンとともに追いかける。

核心部分にせまる内容は、アフリカゾウ殺しの生々しい現場、密猟組織の中枢にいる国際手配中の人物へのインタビュー、アルカイダ系のテロ組織への資金の流入、さらに取材中におこった筆者への脅迫など、現実世界の出来事とは思えないようなエピソードによって構成されている。

読者がもっとも気になるであろう「密猟組織の黒幕」はだれなのか。タンザニア、モザンビークだけでなく、密猟に厳しい姿勢をみせているといわれているケニアなどアフリカ諸国の政府役人、中国人、白人など登場人物は多く、さらに日本人観光客も利用する有名観光ロッジもかかわっているようだ。この問題にかかわる組織や個人のネットワークは想像するよりずっと広く、深く、政府ぐるみの多国籍犯罪集団であることが示される。筆者とレオンはさらに「R」と呼ばれる密猟組織の中心にいるといわれる謎の人物に迫っていく。

わたしたち日本人がより気になるのは、これまでに世界の象牙の約4割を消費してきたとされるわが国の立ち位置である。日本は、希少生物資源の国際取引を規制するワシントン条約で禁止されてからも、特例の枠を使い象牙を合法的に輸入し、それが、現在の象牙密猟の再ブームを巻き起こした。著者は、2016年に象牙市場の完全閉鎖を決めた中国政府と対比させながら、わが国の決断がいかに国際社会から孤立しているのかを示し、密猟の中心にいた中国に敗北を感じながら、「買わなければ密猟はなくなる」というシンプルな原理にもとづく決断がなぜできないのかと問いかける。

かつて、アフリカ大陸に生息していたアフリカゾウの多くは、人間の欲望によって、あと数十年で地球上から姿を消すといわれている。筆者はアフリカゾウの近未来の絶滅予測の背景にあるわたしたちの「無知」と「無関心」に最後に言及する。アフリカゾウの運命は、どろどろとした国際政治にあるのではなく、わたしたち日本人の「無関心」にあるのだと。

はさみこまれているカラー写真が本書の内容をうまく補完している。アフリカゾウの保護活動に関心のある人だけでなく、ほとんど関心がなかった人にもぜひ読んで考えるきっかけにしてほしい。上級者には、アフリック・アフリカで長年とりくんできた「アフリカゾウ基金」の活動をまとめた「ぼく村がゾウに襲われるわけ-野生動物と共存するってどんなこと?」(岩井雪乃著)とあわせて読むことで、人と野生動物の共存のむずかしさ、資源の持続的利用の複雑さへの理解がより深まるのではないだろうか。

書誌情報

出版社:小学館
発行:2019年
単行本:245ページ
定価1600円(+税)
ISBN-13: 978-4093886949