蒸したばかりのその熱さ(ウガンダ)

大門 碧

ウガンダの首都、カンパラ。マジョリティであるガンダ民族の文化が息づくこの場所において、一人前の女性ならばできなきゃならないこと。それは「マトケ・アマニーゲをつくれること」。

マトケ・アマニーゲとは、ガンダ人たちを中心にカンパラの人びとが好む主食のバナナ料理のひとつだ。皮が緑の状態で市場に出され家庭にまで届くこのバナナは、生食はせずに、火を通して食べられ、「マトケ」と呼ばれる。マトケ・アマニーゲを直訳すれば、「押しつぶしたバナナ」である。

私がカンパラに滞在するときにいつも借りているのは、定職を持つウガンダ人たちが暮らす長屋の中の1部屋。近所で親しくしているのは、向かいの長屋に住む、水道関係のビジネスをおこなう夫と2人の息子と暮らす女性、ママ・ジェイ。彼女はいつもほがらかに笑顔をたたえながら、子育てを含む家事のいっさいを取り仕切る。この長屋周辺で子供がいるほかの家庭は、村から呼び寄せた女の子を家政婦として雇い、母である女性も外で働いているが、彼女のところは誰も雇っていない。「私だって外で働きたい」、そうつぶやきながらも、ママ・ジェイは毎日家事に精を出す。明るく笑い声を響かせる彼女は、カンパラに知り合いのいない近所の家政婦として働く女の子たちにも慕われていた。そんな彼女が、私にマトケ・アマニーゲを教えてくれた女性だった。

市場で販売されるマトケ

それは、ナイフでマトケの皮を剥くところから始まる。夫と子供たちと自分、それから夫の仕事を手伝っている親戚の男性たちが、お昼におなかいっぱい、それから晩にも少し食べられるように、1回につき30本近くはマトケを剥く。1本につき10秒もかけないスムーズな手さばきにより、次々に緑色の皮の下からマトケはクリーム色の姿をあらわす。剥いた途端、マトケは粘液を出して、ママ・ジェイの手とナイフにベタベタとまとわりつく。ママ・ジェイは、石けんをビニール袋の端っこをちぎった部分にこすりつけて泡立て、そのベタベタを手から丁寧に洗い流す。次に、鍋にマトケの葉っぱの軸を切ったものを並べて底上げし、その上にマトケの葉っぱを折り曲げて敷き、少し水を注ぐ。そして剥き終わったマトケをドカドカっと載せる。そのマトケを別のマトケの葉っぱで包む。すると鍋の上にこんもりとした草色の岡が出来上がる。そこへ底に穴の空いているもうひとつ鍋をふた代わりにかぶせ、炭火の上に載せる。1時間ちょっと。かぶせていた鍋と葉っぱを取る。そしてここからが一番大変そうだなと私が思うところ。蒸されたばかりのマトケを一気に手の平でつぶしていくのだ。ぎゅ、ぎゅ。ママ・ジェイは時々水を手につけて、熱をとりながら、それでも休むことなく、ぎゅ、ぎゅ。見るからに熱そう。もうもうと湯気が立つ。実際も熱いのだ。

ママ・ジェイと親しくなって、しばらくしてから聞いた話。彼女が唯一怒り、彼女の顔からほがらかな笑みが消えたことがあるって。それは、彼女の夫にもうひとりの女性がいることがわかったとき。しかも近くの大きな道路をはさんで向かいの場所に。その女性にも、ママ・ジェイの夫は子供を2人つくっているらしい。ママ・ジェイたちはイスラム教徒。でも、今のカンパラはイスラム教徒だからといって妻を複数もつことを当たり前としてはいない。流行の音楽は、一夫一婦制を謳い、自分の恋人に誰か別の相手がいたことがわかれば、男女ともに怒りを募らせることのほうが、普通なのだ。

私はその話を聞いて唖然。だって、最近ママ・ジェイたちは「オクワンジュラ」という儀式を開催していたから。オクワンジュラとは、妻と妻方の家族に夫と夫方の家族がたずね、夫が妻の家族に結婚を認めてもらおうという儀式。結婚式の前段階でおこなうものだけど、お金がかかるので、このごろでは共に暮らし始め、子供をもうけた後に、計画、実施されることが多い。私の帰国中におこなわれたママ・ジェイたちのオクワンジュラ。そのときの写真をママ・ジェイは見せてくれた。ある女性と二人で映るママ・ジェイ。私はそのときなにも知らなかったし、ママ・ジェイは何も言わなかったけど、あとでほかの人に聞いた、彼女がもうひとりの女性だって。そして、もうひとりの女性は、ママ・ジェイに3人目を身ごもらないように、呪いをかけているんだって。

マトケ・アマニーゲと白米、牛肉のスープを添えて

私は、それが真実かどうかは知らないし、たずねていない。でも、そんな噂が立つってことは、オクワンジュラを済ませたって、もうひとりの女性と写真を撮ったって、すんなりとその事実を受け止める状態にあるとは言えないんだろう。そう思った。私はふと、あの蒸したばかりのマトケを押しつぶすあの熱を思う。この近所で、マトケ・アマニーゲをつくる回数が多いのは、やっぱりママ・ジェイであろう。何本もあるマトケの皮を剥いて、ベタベタを感じて、包んで、蒸して、そして、熱いそれを押しつぶす。ぎゅ、ぎゅ。子供のため、夫のため、夫の仕事仲間のため、ぎゅ、ぎゅ、って、ああどんな気分なんだろう。

帰国後、ママ・ジェイが3人目を妊娠したって聞いた。私は、安産祈願のお守りを贈った。その後、無事に生れたって、ケータイを通して聞こえてくるママ・ジェイの声はいつもどおり明るくほがらかだった。「次はあんたが産むのを待ってる」って。でも、私はまだ熱くて触れない、あの蒸しあがったばかりのマトケ。

ママ・ジェイは、今日もたぶん蒸したばかりのマトケをつぶしている。ぎゅ、ぎゅ、って、ああほんと、どんな気分なんだろう。ただ、隣には、はしゃぐ3人の子供たちがいるんだろう。

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。