『タンザニアのサンダウェ社会における環境利用と社会関係の変化—狩猟採集民社会の変容に関する考察』  八塚春名=著

紹介:八塚 春名

タンザニアの中央部は、不安定な降雨や決して肥沃とはいえない砂質土壌を抱え、これまでに何度も飢饉に見舞われてきた歴史をもつ。そんな地域に暮らしてきたサンダウェという人々は、19世紀末まで狩猟採集を基盤とする生活をしてきた人々であり、最近になって農耕や家畜飼養を始めたと考えられてきた。しかし著者が実際にタンザニアで出会ったサンダウェは、みな毎日せっせと畑に通っていた。想像と異なる彼らの生活に戸惑いながらも、それならば、彼らが現在どのような生活を営んでいるのかをまずは明らかにし、これまで彼らが経験してきたであろう自然環境との付き合い方や社会関係の変化を少しずつ探っていこう。本書は、こうした生態人類学にとって最もベーシックな問題意識のもと、著者がサンダウェと共に暮らし、学んだ、2年半にわたるフィールドワークの成果である。

本書ではまず、サンダウェの生計維持のしくみを明らかにする。予測できない降雨や食糧が乏しくなる長い乾季への対応として、人々は食糧確保に向けてさまざまな工夫を凝らす。そのなかに見えたのは、みなが同じことをしない、そして他者と補い合う、そんな世界だった。また、サンダウェの景観認識や土地利用に注目してみると、彼らの暮らしを形成するさまざまな箇所に、農耕が強く関連していることに気付く。たとえば、農耕実践と強く結びつけて景観を識別していたり、採集してきた野生植物と思いきや、彼らの食卓を彩る植物の多くが、実は農地にしか生育しないものであったりした。こうして著者は、彼らの生活の基盤が農耕であることを多角的に解明する。

サンダウェがいつ頃どのように農耕をはじめたのかは明らかでない。本書でも、その謎について議論はしない。しかし、彼らが外部からの強い圧力によって農耕を始めたのではなく、近隣民族との交流によって彼らの社会に自然に農耕が入ってきたことは推察されている。きっと、そうした自然な流れこそが、今日のように農耕がしっかりとした基盤をつくりながらも、狩猟採集の意義が維持される現状へとつながってきたのではないだろうか。そう考えると、現在、他の狩猟採集民の社会でみられるような、外部からの積極的な農耕の導入や、誰も追いつけないような急速な変化の波は、彼らの社会をどのように変えてしまうのだろうか。サンダウェは、不安定な気候や激しい社会の変化に対して、実にフレキシブルに、そして素直に生きている。それこそが、目まぐるしく変化するこの世界を生きていくための、最大の秘訣なのかもしれない。

書籍内容

出版社:松香堂書店
定価:2,400円+税
発行:2012年 3月
B5変形判/249頁
ISBN-10: 4879746614
ISBN-13: 978-4879746610