そのまんまタンザニア人(タンザニア)《ku-vumilia/我慢する/スワヒリ語》

近藤 史

私の名前は、タンザニア人にとっても人名として馴染み深いものらしい。天然パーマの毛髪がもじゃもじゃ跳ねていることも加わってか、タンザニアに滞在しているあいだ、私はしばしばタンザニア人と日本人の混血だと勘違いされる。私の知る限り、父方も母方も日本人で、外国の血は混ざっていないのだが。

たとえば空港の入国審査官。私の差しだすパスポートを見て
“Ala, KONDO! Baba yako ni mtanzania?”
「あれ、コンド!あなたのお父さんはタンザニア人?」

たとえば入国管理局の係員。長期の在留許可を申請する私の書類をめくりながら
“Wee, KONDO. Kwanini umeraia Japani. Ungeraia Tanzania”
「あらコンドさん、どうして日本国籍を取得したのよ。タンザニア国籍にしておけばよかったのに(そうすれば在留許可は不要だったのに)。」

最初は何を言われているのかわからず戸惑った。スワヒリ語で kondoo (”ド”にアクセントをつけてコンドオと発音する)といえば羊を指すので、からかわれているのかとも思った。しかしよく話してみると、 KONDO (”コ”にアクセントをつけてコンドと発音する)というのは、タンザニアでは一般的なファミリーネームだという。だから入国審査官は、私の父親がタンザニア人だと思ったのだ。同様に入局管理局員は、父方のタンザニア国籍か母方の日本国籍かを選ぶ際に、私が日本国籍を選んだからこんな面倒な手続きが必要になるのよと、暗にからかってきた。

ファミリーネームだけでなく、 Fumi というファーストネームがタンザニア女性に多くみられる愛称だということも、私がタンザニア人の父親に認知されて名づけられたという印象を与えるそうだ。正確には Fumi ではなく Vumi で、 Vumilia (ブミリア)という名前を縮めたものだ。この名前は、スワヒリ語で我慢する、耐えるといった意味をあらわす動詞 ku-vumilia に由来し、日本語ならばさしずめ「忍さん」だろう。南部高原などタンザニアの一部の地域ではスワヒリ語で V と発音するところが現地の民族語で F に訛るので、「父親は南部出身だろう」といった推理も披露される。

ファーストネームもファミリーネームもタンザニアで一般的な名前となれば、書類をみた行政官に「日本人だなんて嘘をついて」と冗談を言われることもうなずける。わかってしまえば途端に、それは会話の糸口として格好のネタになった。タンザニアで調査をおこなうには、ダルエスサラームの科学技術庁と入国管理局を筆頭に、調査対象地域の州知事、県知事、郡行政官、村行政官、村長と順番にオフィスを訪ねて全ての許可をもらう必要がある。どこか途中の段階でイチャモンを付けられれば、そこで調査は足止めだ。しかし私の場合、親しみやすい名前の話題で始まる手続きのやりとりはいつも円滑にすすみ、ずいぶん得をしている気がする。

私の調査村から最寄りの町ンジョンベでは、その地域に住み込んだ最初の日本人が私であったことと、日本人なのにタンザニアの名前がついているということで、 Vumi という日本人女性の存在がたいそう有名になってしまった。本当の名前は Fumi だが、町の人たちは私のことをよく知らないので、 Vumi という名前で定着している。たまに私が村から町へでかけていくと、知らない人たちから Vumi、Vumi と呼びかけられる。

日本語の感覚では豚のブーブーという鳴き声を連想するので、最初はそう呼ばれることに抵抗を感じて Fumi だと言い返していた。しかし滅多に町にでないのでなかなか定着せず、次の機会にまた訂正して。イライラに vumilia しながら、3年くらいそういう攻防を繰り返しただろうか。いい加減、訂正するのも面倒になってきた頃、ふと、タンザニア人の暮らしに馴染んだこの呼び名もよいものだと思えてきた。今では、 Vumi と呼ばれても全く気にならず、むしろ様々な場面で助けてくれるこの紛らわしい名前に愛着が沸いている。日本人だけどそのままタンザニア人にもなれるなんて、便利な名前をつけてくれた(私が生まれた時はそんなこと微塵も考えていなかっただろうけど)両親に感謝!