チャガ人の仕事(タンザニア)

溝内 克之

「トン、トン、トン」 夕方、心地よいリズムの音が家畜小屋から聞こえる。ここ数日体調を崩していたムシェク(高齢の女性の尊称)が、干し草を切る音だ。干し草を切るための板は、長年、使われてきた結果、ナタが当たる部分がへこみ、滑らかになっている。

「ムシェク、もう体調はいいの?」

私が声をかけると、「ムワナング(息子)よ。ジッとなんてしていられないよ。私の牛たちが待っている」と返ってきた。私と話をしている間も手を休めないムシェクは、干し草とともに牛たちが食べるバナナの葉っぱや幹を切り刻み始めた。「ザク、ザク、ザク」という音が家畜小屋に響く。

「ホイ、ホーイ」という掛け声とともに牛を小屋へ追い入れたムシェクは、牛たちが餌を食むのを確認してから、家屋を囲むように植えられたバナナを見て回る。バナナを切り倒し、果実を収穫する作業は、力が衰えたムシェクにとって難しくなったが、それでもどのバナナを収穫するのか、そろそろバナナの酒を造ろうかといった采配は、ムシェクが行っている。牛の世話をし、バナナの畑を確認したムシェクは「ムワナング、これがチャガの仕事だよ」と私に言いながら母屋へ入った。長年、ナタやクワを振るうような「チャガ人の仕事」をしてきたムシェクの手は、固くしっかりしている。

写真1「ちゃんと食べろ」と言いながら、牛の撫でるムシェク

村には「ソコ」と呼ばれる幼児期を過ぎ、社会の一員として認められるための通過儀礼があるのだが、様々な場面で家畜の世話や農作業を彷彿とさせる所作がみられる。儀礼の1日目の夜中、長老たちは家畜の追い方を教えるように裸の子供たちのお尻を木の小枝でたたき、家畜小屋の周りを走らせる。バナナの酒造りもこの儀礼の中で行われるのだが、酒つくり用のバナナは儀礼を受ける子供たちによって運ばれる。二日目の昼には、子供たちは一度、家の敷地から出され、刈り取った干し草の結び方を指導される。その干し草を頭や肩に担ぎ、家の敷地にはいってくると、一人前に「チャガ人の仕事」ができる青年期のチャガ人として年長者から祝福を受ける。村の長老が「子供たちは、山を下り、干し草を抱えて帰ってきたんだ。儀礼を通じて、バナナを育て、家畜の世話をするチャガ人の仕事を学ぶんだ」と私に教えてくれた。

写真2「ソコ」干し草を担いで家の敷地に入るところ

「ムシェクにはダルエスサラーム(タンザニアの首座都市)に来てもらい、のんびりしてほしいけど『何の仕事もない』と言って嫌がるんだ。」

確かな年齢はわからないが、90歳前後と思われるムシェクを心配して、長男のルイは、よくそんなことを口にする。ムシェクの4人の息子たちは学校教育を受ける機会を得て、それぞれが村を離れ、各地で政府職員などとして働いている。私が「お父さん」と呼ぶルイは、高級官僚として毎日多忙であり、村に帰郷するのは年に数度である。実は、村の家には、ムシェクとお手伝い2人(男性と女性)、お父さんが学費と生活費を支援している親戚の女の子、そして私しか住んでいなかった。バナナの畑を挟んで隣の家には四男の奥さんが住んでおり、ムシェクの生活を見ているが、彼女も県庁で働いており、村の家や畑の管理、洗濯掃除などは2人のお手伝いによって行われている。その二人の給与は、お父さんが支払っており、ムシェクが「トン、トン、トン」と切っていた干し草は、お父さんからの送金で購入されている。そして牛も、ムシェクが毎朝ミルクたっぷりのチャイを飲めるように、とお父さんが購入した。ムシェクの日々の手仕事は、都市からの送金によって維持されていると言ってしまってもよいのかもしれない。

写真3ルイからの送金で購入された干し草

都市からの送金によって村の生活が維持されているという状況は、私の居候先だけではない。キリマンジャロ山間部の村々では、タンザニアの他の地域と比較して早い時期に学校教育が普及したこと、人口の増加による土地不足が顕在化していたことなどが背景となり、積極的に都市へと移動することが村の人々にとって「当たり前」のこととなっている。そのため、都市からの送金に大きく依存する老人世帯や、家主不在で家の管理を任されている人だけが暮らしているという家も少なくない。

「子供時代は、仲間たちと牛を追い、バナナの畑を駆け回って遊んで楽しかった。しかし、父親や年長者に無理やり学校へ行かされた。今じゃ政府にご奉公の身だよ。バナナや家畜に囲まれた村の生活が本当のチャガ人の生活だ。村に帰り、家畜の様子を見て、バナナを食べるとホッとする」とお父さんは私によく教えてくれる。そんな村の「チャガ人らしい生活」のためにかなりの出費をしているものの、「チャガ人の仕事」を長年していないお父さんの手は、大きくて力強いが、やはり柔らかい。しかし、その柔らかい手からの送金によってムシェクの「チャガ人の仕事」が維持されている。

私が村で生活し、毎日「トン、トン、トン」という音を聞いていた頃から約10年以上がたった。自称100歳となったムシェクは、いまでも家畜の世話をして、バナナを見回っている。

写真4酒造り中のムシェク