ところ変われば異なるカラス事情(タンザニア)《kunguru/カラス/スワヒリ語》

藤本 麻里子

カラスといえば、日本ではゴミを荒らす害鳥として、特に都市部で大きな社会問題を引き起こしています。カラスにゴミを荒らされないために、ゴミ置き場に囲いやネットを設置したり、夜間や明け方などにゴミを出すことを禁じたり、とにかく人々はカラスへの対応に苦慮しています。ネットなどの防除策を講じても、頭のいいカラスはすぐに新たな戦術を駆使してゴミをあさるので、有効な対策が難しいことも多々あります。このように迷惑な存在のカラスですが、日本では鳥獣保護法により、カラスの駆除は原則認められていません。各種防除策を講じても被害が軽減できない場合などは、自治体が捕獲などを行っていますが、人々が独断で駆除を行うことは禁止されています。

ゴミを荒らすカラスが迷惑な存在として認知されているのは、実は日本に限ったことではありません。私が調査しているタンザニアのザンジバル島においても、やはりカラスはゴミを荒らす迷惑な存在として人々に認知されています。ザンジバルではカラスがゴミや廃棄物を荒らすことによる物理的な被害に留まらず、鳥インフルエンザやコレラなど、各種疫病が拡散されるなどの問題も深刻化しています。他にも、高い繁殖力で急速に数を増やすカラスが、野鳥の巣や卵を襲うなど、生態系に悪影響を及ぼすことも懸念されています。観光地として都市化が著しいザンジバルの中心都市、ストーンタウンでは、オープンカフェや屋台などで観光客から食べ物を奪う、あるいは電線にいたずらをして停電を引き起こすなど観光産業への影響も報告されています。

ザンジバルでは1890年の英国植民統治期に、インドイエガラス(英名:Indian house crow)が廃棄物削減の役に立つとして導入されたそうです。それ以前に存在した在来のカラスは、インドイエガラスによって駆逐され、現在ではほぼインドイエガラスだけが増え続けているようです。インドイエガラスの増殖により、ザンジバル固有の野鳥の多くが姿を消しました。そこで、2012年には”Operation Kunguru”と呼ばれる、カラス管理プロジェクトがフィンランドの支援によって行われました。kunguruとはスワヒリ語でカラスを意味する単語です。私が調査の相談のために訪れた森林管理局の事務所には、以下のようなステッカーが貼られていました。

Operation Kunguruにより配布されたステッカー

ステッカーに書かれたスワヒリ語は”Adui Kunguru Muangamize Zanzibar”で、訳すとだいたいこんな意味になります。「カラスは敵だ。見たら攻撃せよ。ザンジバル政府より」

日本でもタンザニアでも、ゴミを荒らすカラスが社会問題化しているという状況は共通しています。人々がカラスを迷惑な存在と認識し、なんとか駆除したいと願う気持ちも共通する部分があります。ところが、日本では鳥獣保護法により保護の対象とされているカラスですが、ザンジバルでは積極的な駆除が奨励されています。このステッカーを一緒に眺めながらザンジバルの友人にステッカーの意味やその感想を聞いてみたら、「つまり、カラスを見たら殺せってことだよ。当然だ、あいつらは病気をもたらすし、食べ物を盗むし、単なる疫病神。見かけたら迷わず石を投げたりして攻撃するよ。」とのこと。ところ変われば、カラスに対する対応や考え方も変わるもんだなぁと感じました。きっとカラスによる被害の深刻度もそれぞれ異なるのでしょう。

ちなみに、私の別の調査地、タンザニアのキゴマ州、タンガニイカ湖に面した内陸部では、シロエリオオハシガラス(英名:white-necked raven)という野生のカラスを見かけました。そして、タンガニイカ湖畔に位置するマハレ山塊国立公園でチンパンジーの調査をしていた際には、チンパンジーがこのシロエリオオハシガラスの巣を襲い、ヒナを捕食する場面を観察しました。森や山で暮らす野生のカラスには捕食者がいて、適度に捕食圧がかかるのでバランスがとれているのでしょう。捕食者という敵が少ないザンジバルや日本の都市部では、カラスは自由を謳歌していますが、Operation Kunguruによってザンジバルのカラスにとっては少し住みにくい状況ができてきつつあるのかもしれません。ところ変わればさまざまに異なる、カラス(kunguru)のお話でした。

参考URL:http://mahale.main.jp/PAN/15_2/15%282%29_04.html(マハレのチンパンジーによる鳥類捕食の報告)