スープ鍋の前で(ガーナ)

織田雪世

「美人は3日で飽きる」という。ガーナでも同じよ、とアフィ姉さん。「だいたいね、男の人をつかまえておくのに必要なのは、顔じゃない、その胃袋をつかまえることなの。いい?男の人は、あなたのもとに帰ってくるんじゃないのよ。あなたのご飯のところに帰ってくるの。」

ガーナでは、食と男女関係とのつながりが深い。たとえば南部地方の多くの人が話すチュイ語では、「食べる」を意味する「ディ (di)」が性交の遠回しな表現としても使われる。別居婚が多くみられたアサンテの人びとの間では、女性が特定の男性のために夕食をつくって届け、そのまま夜をともにすることが結婚のひとつの形をなしてきた。

「おいしい料理の秘訣は、時間をかけて煮こむことよ」と、料理名人のコンフォート母さんは言う。ライトスープに、パームナッツスープ、グラウンドナッツスープ。ガーナ料理には、煮こみ系のものが多い。材料を切って鍋に入れ、2〜3時間ほどかけて煮る。 「わたしは、化学調味料は使わないの。そのかわり、生姜とにんにくをたっぷり入れる。それから鍋に材料を入れたら、そのたびにゆっくり煮こむのよ。そうするとおいしい味が出てくるの。」

アサンテ人の夫が食欲をなくした場合、妻は夫の浮気を強く疑うという。夫が誰か別の女性のご飯(もしくは女性自身)を「食べて」しまったんじゃないか、というわけだ。食前酒で食欲増進、夫婦仲も円満に、という内容の蒸留酒のテレビCMが流れていたこともある。

「台所にいるのは、いいものよ」と、アコース姉さんは言う。スープを煮こむ間、女性たちは台所で時間を過ごす。小さな木の腰かけに座り、うちわで炭火コンロに風を送って火加減を調節したり、ガスコンロを持っている人はそれをひっきりなしに拭いてきれいにしたり。おしゃべりに花をさかせるのも台所だ。

煮こみ時間が長ければ、料理に時間がかかる。働く女性が多いガーナで、それは必ずしも簡単ではないようにもみえる。故郷の村から少女を連れてきて、お手伝いとして雇うこともあるが、先に書いた、食事と男女関係とのつながりの心配もある。子どもがすこし大きくなれば家事を任せられるが、そうでない場合は週末にまとめてつくり、冷凍しておいたりする。

「塩味と辛さの具合はどうかしら?」そうこうするうち、周囲にはいい匂いがただよいだす。数年前には、「アベン・ワ・ハ(Aben Wo Aha)というポピュラー音楽が流行したこともある。曲名を英語にするとIt’s cooked here。一般的な文脈では「ご飯の準備ができました」とでも訳すのだろうが、この曲ではむしろ性的な意味で「あたしの準備はすっかりできてるわ。」

さぁ、そろそろスープの出来上がり。あなたのお腹の準備はいかが?

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。