ロックダウンの先を見て―ジンバブエ人移民労働者の知恵―

河野 明佳

「大きなお金を手元に置いておくのは怖いから」そう言って、住み込みの家政婦として働いているジンバブエ人のメモリーさんは、ロックダウンが始まってから毎週、週払いのお給料を家族でも友人でもないある人に送金していました。これは家から一歩も出られないロックダウンを生き延びる、メモリーさんの知恵。今日は、南アフリカのロックダウンの下でたくましく生きる人たちの一例として、メモリーさんのロックダウン下でのビジネスをご紹介します。

南アフリカでは新型コロナウイルス感染拡大防止策として、3月26日から国家主導の厳格なロックダウンを開始しました。医療や食料販売といった必要不可欠なサービス以外、全てのビジネスは停止、必要不可欠なサービスに関する用事がない限り、自宅から一歩も出てはいけないという大変厳しい規制が敷かれました。当初21日間と言われたロックダウンは、その後さらに2週間延長され、その後も規制が徐々に緩和されつつも、現在(9月末)まで続いています。経済活動がほとんど停止したことにより、最も打撃を受けたのはインフォーマルセクターに属する貧困層で、「コロナよりも飢えが怖い」という言葉があちこちで聞かれましたが、その中でも、政府やNGOのサポートの対象とならなかった近隣諸国からの移民たちにとっては非常に厳しい6か月間でした。

メモリーさんは昨年、家族持ちの彼氏との間に子どもができ、逃げてしまった彼氏に見切りをつけ、親戚を頼ってヨハネスブルグにやってきました。死産を経験した後、一か月ほど同じく無職の親戚のうちで療養していましたが、ロックダウン直前に今の仕事を見つけ、働き始めたのです。文字通り、一文無しからのスタートを切ったメモリーさん。ロックダウン一か月目にして久々に自分のお金を手にして、どうするのだろうと聞いてみたところ、返ってきた言葉が冒頭の一言でした。手元にお金を置いておきたくないメモリーさんは、お給料を全て洋服や雑貨の購入に充て、それを転売するというビジネスを始めていました。

メモリーさんが送金している相手は、ワッツアップという日本のLINEのようなチャットアプリを通して知り合った、同じジンバブエ人の小売仲買人。ランナーと呼ばれる小売仲買人たちは、ヨハネスブルグのダウンタウンにある中国人ショップから安い靴や洋服、日常雑貨を仕入れ、メモリーさんのような行商人たちに売っています。警察の取り締まりをうまくすり抜けるすべを持った彼らは、ロックダウンで大部分の人たちが身動き取れない中でも、営業を続けているのです。彼らは卸値に10%ほど上乗せした価格で商品を売り、約700円の手数料でメモリーさんの住む仕事場まで配達までしてくれます。

週に一度、もらったお給料をすぐに送金し、商品を購入、数週間かけてある程度の商品を手元に集めたメモリーさんは、それを今度は、まとめてジンバブエにいる友人の元へ送ります。ロックダウンで国境を越えた人の移動は禁止されていますが、貨物は動いています。マライチャと呼ばれるインフォーマルな配達人たちも通常営業を続けており、大きなスーツケースほどの大きさの荷物は約3,500円でジンバブエまで送ることができるのです(ロックダウン以前の料金は2,800円ほど)。マライチャは、トラックがいっぱいになるまで出発せず、またロックダウン中で検閲が厳しいことから、集荷から配達まで約1週間かかりますが、メモリーさんの仕事場まで集荷に来てくれ、それをハラレの友人宅近くまで運んでくれるとても便利なサービスです。

メモリーさんが荷物を送った先の友人は、ハラレ最大のマーケット・ンバレで靴下などの小さな雑貨を売っています。そこで、メモリーさんの商品も一緒に売ってくれるというわけなのです。これは彼女たち曰く「助け合い」で、友人はメモリーさんから手数料を取りません。物価が急上昇しているハラレにおいて、メモリーさんの商品は購入価格の約2.5倍の値段で売られることになりました。

ジンバブエもロックダウン下にありますがインフォーマルなマーケットでは、規制をかいくぐって商売が続けられています。友人は顔見知りの顧客たちに対して主に掛け売りで販売しているため、店先に並んだメモリーさんの商品はほぼ一日で完売。あとはお客さんが少しずつお金を友人に返済してくるのを待つのみです。メモリーさんが約700円で購入したハンドバッグは、ハラレで2,000円ほどで販売され、お客さんはそれを一日約100円から200円ずつ、後払いしていきます。

メモリーさんは、商品の写真をワッツアップのプロフィール写真やステータス(Facebookのストーリーズのような機能)に載せ、宣伝しているので、ハラレにいる彼女の知り合いたちは、それを見てンバレのお店に購入に行くこともあります。メモリーさんは、会うたびに「聞いて、今日はこのドレスの注文、2件も受けたのよ」などと嬉しそうに報告してくれました。

もともと安価な商品であることに加え、仲買人や宅配人への手数料を考えると、大きな利益は望めません。しかし、一歩も家の外に出られないロックダウン期間中、メモリーさんは国家の規制をかいくぐるインフォーマルなネットワークを駆使し、家政婦の仕事で得たお給料を「投資」し、増加させていました。

メモリーさんの手元にはいつもほとんどお金がありません。経済不況の中で、お客さんからの後払いは滞りがちです。それでも彼女の元には、ジンバブエの友人から約1万円ほどの売り上げの送金が毎月あります。彼女はそのお金も、次の商品の在庫購入に充て、手元にはおいておきません。

「でもいいの。毎月少しずつお金が返ってくることが確実だから。手元にあったら盗まれてしまうかもしれないし、無駄遣いしちゃうかもしれないでしょ。お金がある程度たまったら、自分のアパートを借りて、家政婦の仕事もやめて、この販売ビジネスで独立したいんだ。」

ジンバブエなどの周辺諸国からやってきた出稼ぎ労働者たちは、多くの場合、銀行口座も自分の家ももたず、滞在許可も持っていない場合が多く、南アフリカ社会の中では非常に脆弱な立場にあります。でもメモリーさんのロックダウン下でのビジネスの話を聞いていると、私たちには想像すらできない方法で、彼らがたくましく生き延びている様子が伝わってきます。小売仲買人やマライチャが活動していることからもわかるように、フォーマルな世界では全てが停止していたロックダウン中も、インフォーマルな世界では規制をかいくぐってビジネスが続けられており、これは決してメモリーさんに限った話ではありません。

ロックダウン期間中、とにかくつらくてなんとか一日一日をやり過ごそうとしてきた私は、「脆弱な立場にある」移民たちの強さに改めて感服させられるとともに、ロックダウンの先を見て闘う勇気をもらいました。