マーケットの朝(エチオピア)

鈴木 郁乃

朝起きて外に出ると、お世話になっている家のお母さんが、土器の皿の上でケッツァ(トウモロコシ等の粉を水で溶いて作ったパンケーキ)を大量に焼いていた。家族が食べるにしては、どう見ても多すぎる量のケッツァをどうしてせっせと焼いているのかと尋ねると、『お父さんが、市場で売るって言うんだよ』とお母さんは笑いながら答えた。

その日は、ちょうど水曜日だった。私の滞在していたエチオピア南西部のD村では、毎週水曜日と土曜日に市が立つ。市の立つ日には、近隣の村から人々が農産物や日用品を持って集まり、いつもは静かな村も活気づく。D村は、アリの人々の暮らす地域の中でも標高の高い地域に位置するため、小規模ではあるものの、低地の人々が高地の農産物を、高地の人々が低地の農産物や日用品を手に入れる場となっていた。

お父さんは、この市場でお茶屋を始めようと考えついたのだった。 このお父さんのお兄さんが、市場の隅に建てた小屋で、牛乳とパンを出して小商いをしているのを見て、自分もやってみようと思ったのである。このお兄さんの小屋はなかなかの人気だった。

お父さんは、三男のタムラット(4歳ぐらい)を連れて、ケッツァで満杯になったバスケットと、お茶を沸かす為のヤカン、水を汲むためのポリタンクなどを持って、市場へ向かった。簡単なつくりの小屋で紅茶を沸かし、お客さんが来るのを待つ。なかなか来ないので、お父さんは通りかかる知り合いに次々と声をかける。その様子を見て、隣の小屋で牛乳を売るお兄さんが「ダメダメ、こいつはお茶の沸かし方なんて分かっちゃいないんだから」と笑う。家ではいつもお姉ちゃんと喧嘩したり、起こられたりして泣いてばかりいるタムラットは、お父さんの指示に従い、コップを片付けたり、洗ったり、水を汲みに行ったりと忙しく動いていた。

お客さんはあまり来ないし、来ても仲の良い知り合いだからとお金をもらわなかったりして、お父さんのお茶屋の初日はお世辞にも商売繁盛、とは言えない結果に終わり、お父さんはちょっと残念そうだった。しかし、家に帰ってきたタムラットは、興奮して、市場で見たもの、会った人、聞いた話など、つぎつぎにお母さんやお兄ちゃんお姉ちゃんに話して聞かせた。その表情はいつもの泣き虫のタムラットとはちがい、とても誇らしげだった。

数週間後、農繁期が始まると、お茶屋さんは開かれなくなり、タムラットが市場に連れて行ってもらえなくなった。 そんな彼も、数年後にはお兄ちゃんたちのように、隣の村の市場まで作物を売りに行くような立派な青年になるんだろう。そんなことを考えながら、いつかまた、D村の市場でゆっくりと甘い紅茶が飲める日を楽しみにしている。