おいしい水、つめたい水(タンザニア)

近藤 史

「川で水くみ、洗濯、行水」。アフリカの農村の水事情といえば、てっきり、この3つがセットになっているものと思いこんでいた。それから、どこへ行っても生水は飲むべきでないと頭でっかちに恐れていた。アフリカ大陸の内部が、標高も地形も気候も様々だと知っていたにもかかわらず、である。まったく、今から考えると、知識はあっても想像力の欠如によって恥ずかしい誤解をしていたものだ。

タンザニア南部高地、ンジョンベ県のキファニャ村は、水が豊富だ。一帯は、インド洋に流れこむルフジ川の源流域にあたり、浅い渓谷がいりくんで、その谷底には常に湧き水があふれて小川をつくっている。この水は非常にきれいで、そのままごくごく飲んでも、なんの心配もない。しかも、非常においしい[注1]。村では、大切な客人をもてなす場合以外は、その日のうちに汲んだ水は沸かさずに飲むのがあたりまえになっている。私も、ある家庭で居候しながら調査をはじめた当初は、怖がって自分の飲み水だけ煮沸していたが、半年もたった頃には、平気で生水を飲むようになっていた[注2]。

小川の水がきれいなことには理由がある。豊富な降雨が地下水となり徐々に染み出してつくる川の流れは、ゆるやかだが乾期も滞ることはなく、また高原性の冷涼な気候のもとで水温が低く保たれるため、藻や雑菌が繁殖しにくいのだ。さらに、人びとがこれを汲んで家まで持ち帰り、適温に沸かしてからお湯浴びや洗濯に使う点も、汚水が川に直接流れこむことを防止するうえで都合よく働いているだろう。

水に関しては本当に苦労知らずのフィールドだったが、ひとつだけ、贅沢な不満があった。京都で風呂無しの下宿に住み、銭湯と、そこでの顔なじみの女性たちとの会話をこよなく愛する私は、タンザニアでも、川で水浴びにあつまった女性たちと友好を深めようと楽しみにしていた。しかし、おいしい水、つめたい水。飲めば甘露も、浴びるには風邪のもとであった。骨身にしみるつめたさに負けて、「オンナの会話」は夢に終わった。


畑の帰りに小川で手足の泥を洗い流す女性たち。
川は写真の左から右へ流れており、上流側では、川床の赤茶色の土がみえるほど水が透きとおっ
ている。この地域の川は、湿地のなかを流れており、川床には石がほとんどない。むき出しの土は
強い衝撃をうけると舞いあがり、水を濁らせるため、水くみ場所では川床を深く掘りさげておく。

注1:ンジョンベ県内では、この湧き水を原水とするミネラルウォーターがペットボトル詰めされて”Chem chem(チェムチェム、湧き水の意味)”という名前で売られているので、通りかかったらぜひお試しあれ。

注2:とはいえ、ヒトの腸内細菌は3カ月くらいで入れ替わるというから、すでに丈夫な腸内環境ができあがっていただけ、ということも考えられる。最初からいきなり生水をガブガブ飲んでいだら、ひどくお腹をこわしたかもしれない。

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。