『かご漁の社会生態誌:ケニアの海を生きる小規模漁業者たちの資源利用』田村卓也=著

紹介者:藤本 麻里子

本書のタイトルにあるかご漁とは、スワヒリ海岸と呼ばれる東アフリカ沿岸部で広くみられる漁法の一つである。本書では、ケニアとタンザニアの国境近くに位置する小さな島、ワシニ島の漁業者たちが日々実践するかご漁の漁撈活動が、長期フィールドワークに基づいて丹念に記述・分析されている。著者はかご漁がこの地域の小規模漁業者たちにとってどのような位置づけにあるかを、漁撈実践・資源利用・生計戦略等の観点から多面的にアプローチして明らかにしている。

スワヒリ海岸(ソマリアのモガデシュからモザンビークのソファらにかけての東アフリカ沿岸部と周辺島嶼)一体で広く行われているかご漁は、日本ではせん漁業と呼ばれるものと同種のものだ。せん漁業にはタコつぼ漁や、うなぎ・アナゴなどを対象とした筒漁、カニ・タコ・カサゴなどを対象としたかご漁が含まれる。スワヒリ海岸のかご漁で用いられるかごは、竹や木を使って作られており、六角形の一辺を陥没させたような形状のものが一般的で、中に餌を入れて魚を誘い込み、入った魚が出られない構造になっている。この漁法は、漁業者が魚群に働きかけて漁獲を試みるまき網漁や地引網漁とは異なり、設置したかごに魚が入るのを待つ受動的な漁法で、著者の表現を借りれば「待ち受け型の漁法」といえる。しかし、ただ餌を入れてかごを置いてさえおけば魚が獲れるというものではないのが奥深いところだ。著者は、ワシニ島の漁業者たちが漁獲確率を高めるために実践している様々な工夫を、参与観察をもとに詳細に記載している。本書の目次は以下の通りである。

  • 序章 かご漁からさぐる小規模漁業者たちの資源利用
  • 第1章 ケニア沿岸南部の海村社会
  • 第2章 漁業をとりまく自然・社会環境
  • 第3章 漁場を選ぶ――操業形態と漁獲
  • 第4章 かごをつくる――漁具の製作と改良の動き
  • 第5章 餌を採る――漁業者たちの餌に対する期待と信頼
  • 第6章 かごを沈める――魚群行動の予測と漁場利用
  • 終章 かご漁の資源利用と持続可能性

序章では、かご漁がスワヒリ海岸に伝わった時期や起源などを人類学や歴史学の文献を紐解きながら整理しつつ、アフリカ漁業の大部分を占める小規模漁業の人類学的位置づけ、かご漁がどのようなものであるかがまとめられている。第1章では、本書の舞台となるワシニ島の地理や、この地域の人々にとってのかご漁の位置づけを知るために必要な、調査村の人々が営む経済活動の概要が示されている。

第2章では、沿岸部に暮らす人々の自然認識とそれに基づく海の利用について述べられており、海とともに暮らす人々がどのように潮汐や季節風などの自然環境をうまく利用しながら生活しているかがよくわかる。それら人々の自然とのかかわりのほかに、近年この地域に外部からもたらされている様々な社会環境の変化が描かれている。環境保護や資源保全に関する新たな制度BMUや海洋公園の設置、NGOによる開発プロジェクトなどの外部アクターは、好むと好まざるとにかわらず人々と海との関係を変化させている。人々の漁撈活動の種類や漁法の詳細および、それらが社会環境にどのような影響を及ぼしているかが具体的に記されている。また、第2章で注目すべきは、この地域に古くから季節漁撈に訪れ、時には移住してきたザンジバル出身の漁業者の存在である。隣国タンザニアのインド洋島嶼地域ザンジバルの漁業者は、海の国境を越えてワシニ島やその対岸のシモニに経済機会をもとめてやってくる。特にペンバ島出身の漁業者が多く、彼らは高い漁業技術や新たな漁具・漁法をワシニ島に伝え、ワシニ島とその周辺地域の漁獲量の向上に貢献してきたことなどが述べられている。漁民に移動性の高さは西アフリカでもよく知られており、移動漁民研究の観点からも興味深い。

第3章から第6章は、著者の長期フィールドワークに基づく漁撈実践の詳細に紙幅が割かれている。冒頭でも述べた通り、かご漁はただかごを沈めておけば魚が入るという単純なものではないことが、これらの章で詳細に描かれる。かご作りの材料や製作過程に関しては文化人類学の物質文化的な側面や民具研究としての民俗学的な観点からも重要な情報が満載である。また、「伝統的」な漁法と聞くと昔からずっと変化していないという印象を受けるが、かごの材料に従来の植物よりも耐久性の高い各種の人口素材を取り入れたり、かごのサイズもより経済的価値の高い大型魚を狙って大型化させたり、人々は「伝統的」漁法に様々な改良を施しながら漁獲確率を高めようと奮闘している。大型のかごは浅瀬の地先の浜に沈めても意味がなく、そのためには大型の船を用いて沖合までかごを運んで設置するなど、その操業形態も多様である。そして、紹介者が驚いたのは、魚を誘引するための餌についての人々のこだわりである。狙う魚種によって漁業者たちは餌の種類を変えたり、対象魚が好むとされる餌を長時間にわたってあちこち移動しながら探したり、その努力の様子を見ると、待ち受け型の漁法といえども決して楽な漁法ではないことがわかる。

小型のかごを地先の浜に設置する省エネ型の操業から、大型のかごを船で沖合に運んで設置する漁獲努力量の大きな操業形態まで、漁業者の投資可能な金額や体力、かご漁への経済的依存度に応じて、様々なやり方を選べることがこの漁法の醍醐味であり、長くこの地で続けられている大きな要素であると筆者は分析している。近年は、漁業そのものが若者から不人気で、特にかご漁は高齢者の漁法であると捉えられているというが、それら若者もいずれは体力の低下を感じ、若かりし頃のように体力に任せた経済活動に従事することが困難になる日もくるだろう。そんな時、かご漁の魅力に改めて気づくのかもしれないな、などと考えながら本書を読了した。日本でも漁業者の高齢化や後継者不足が叫ばれて久しいが、食料生産、日々の食卓にのぼるおかずの採捕という、人間の営みの根源ともいえる漁業・漁撈活動は時代の変化に晒されながらも、その重要性と魅力に気づいた人々によって、これからも日本でもスワヒリ海岸でも続けられていくものと信じて本書の紹介を終えたい。

【書誌情報】

出版社:明石書店
出版年月日:2025/02/28
ISBN:9784750358833
判型・ページ数 A5・280ページ
価格:5800円+税
参考URL: https://www.akashi.co.jp/book/b659068.html
amazon商品ページ:https://amzn.to/49WVbk5