『難民・強制移動研究のフロンティア』墓田桂・ 杉木明子・ 池田丈佑・小澤藍=編

紹介:村尾 るみこ

新型コロナウィルス感染拡大により、現地調査へ行けなくなって、2回目の世界難民の日を迎えた。日本はもちろんだが、私が調査するザンビアでも、難民定住地をはじめいくつかのイベントがあるようだ。感染予防の医療物資も含め、従来からの援助物資の配給のほか、現金給付型の支援プログラムなどの展開を現地の知り合いからオンラインでうかがう。関連援助団体のうたい文句に近年増えているのが、難民に現金を与えることによって、市場の金銭感覚をもってもらう、といったことである。すなわち、自己決定や自己管理(統治)の人道主義に裏打ちされた、国際的難民保護の責任分担を意図したグローバルな難民レジームの展開があるといえる。

本書は、難民・強制移動研究の射程が拡大する世界的な動向を受け、2014年に出版された。それは移動を余儀なくされた人びとを対象とした研究群も、また支援の現場でも、古典的な「難民」概念の限界と、その他「移動を余儀なくされる人びと(非自発的に移動させられた人びと)」の多様化とをうけ、国内外で取り組まれる難民・強制移動研究の諸課題を取り上げている。本書の構成は4部構成で序論、序章ほか25章である。

私が取り上げてきたのは、第3部第1章の「長期滞留難民」と同第2章「自発的帰還と再定住」である。今日に至るまで、どちらも、前世紀からの課題を乗り越えているとは言い難く、世界の至る場所で営まれる移動(本書では日本語の移住と同義)の一端を、難民保護概念や法制度の運用に均一に当てはまらない困難に言及している。

例えば、長期滞留難民については、アフリカなどにおいて、難民問題の恒久的解決策とされている自発的帰還や第三国定住が適用されにくいことが指摘される。また自発的帰還と再定住については、ノン・ルフールマンの原則を基軸として、自発性/非自発性、再「定住」の多義性について手際よくまとめられている。

本書はあくまで研究課題の動向の概説であり、国際政治や法学、国際開発といった分野に寄った内容である。ミクロレベルの地域研究や人類学の研究動向が積極的に記述されているものではないが、ケニアのダダーフ難民キャンプやスーダンの国内避難民キャンプなど、アフリカで注目を集める大規模な難民支援の現場が取り上げられている。アフリカの研究者は、こうした「ホットスポット」だけではなく、紛争後社会やボーダーランドといった「混成状態」の機序から、アフリカにおける人の移動そのものやその連続性を問いかけてきた。本書の示すフロンティアと、アフリカの実態を描写してきたミクロレベルの研究蓄積とが、融合しえないものを残しながら、ときに親和的な論点を示していることに今後も注目したい。

目次

序論 難民・強制移動研究の新たな課題
序章 庇護と保護の理念-その内容と変遷

第1部 難民・強制移動をめぐる史的・制度的展開

第1章 難民保護の歴史的検討-国際連盟の挑戦と「難民」の誕生
第2章 「移民」と「難民」の境界の歴史的起源-人の移動に関する国際レジームの誕生
第3章 無国籍者の問題とUNHCRによる対応
第4章 UNHCRと国内避難民支援の開始
第5章 国内避難民の保護とUNHCR-クラスター・アプローチにみる政策決定過程
第6章 [政策レビュー]難民保護におけるUNHCRとNGOの連携

第2部 難民保護の地域的展開

第1章 日本における難民の状況と社会統合の課題
第2章 日本における難民第三国定住パイロット事業-難航の背景を探る
第3章 韓国の難民保護政策-新難民法と脱北者(北朝鮮難民)の定住支援政策を中心に
第4章 タイにおける難民保護
第5章 中南米における庇護と難民保護-その「伝統」を中心として

第3部 難民・強制移動をめぐる多様な課題

第1章 長期滞留難民と国際社会の対応-アフリカの事例から
第2章 自発的帰還と再定住
第3章 大量難民-国際法の視点から
第4章 混在移動-人身取引と庇護の連関性
第5章 出入国管理施設における適正運用確保と人権侵害防止の取り組み-イギリスとフランスの先例と日本
第6章 難民の健康問題-健康の社会的決定要因の視座から
第7章 ケニア・ダダーブ難民キャンプの生計支援に関する一考察
第8章 国内避難民キャンプという生活空間の動態- スーダン・西ダルフール州モルニ国内避難民キャンプにおける考察
第9章 「忘れられた危機」における難民保護-チャド共和国および中央アフリカ共和国における国際平和維持部隊の展開
第10章 パレスチナ難民問題の歴史的諸相
第11章 [問題提起]ビジネスと難民支援-「人間の安全保障志向のビジネス」の可能性
第12章 国内避難民/国内強制移動問題の諸相-〈人の移動と脆弱性の視点〉へ

第4部 難民の声、市民社会の声

第1章 難民の声
第2章 市民社会の声
研究機関の紹介

書誌情報

  • 出版社: 現代人文社
  • 定価:本体3,600円+税
  • 発行:2014年 4月

出版社のサイト http://www.genjin.jp/book/b276490.html