火をおこす(アンゴラ)《ciloko/火をおこす道具/ンブンダ語》

村尾 るみこ

私がアンゴラに行き始めたのは、10年以上調査を続けてきたザンビアの農民たちの出身地がアンゴラ東部であったことがきっかけである。彼らの多くはンブンダとよばれる人びとで、アンゴラ紛争の前後にザンビアへ移住し、紛争後再びアンゴラへ移動するものも現れている。

アフリカの農村では見慣れた風景ではあるが、煮炊きをするにも肌寒い季節に集落で集まって暖を取るにも、人びとはあちこちから薪をあつめて火をおこす。ンブンダの人びとにとって、火をおこす場所は、集落や畑、森等と日々の移動のなかで変化するが、火をおこした場所は人びとの憩いの場となることが多い。

現在では、火をおこすときに使われるのはマッチである。アンゴラやザンビアではよく販売されている、中国製のマッチで、小枝と樹木の皮の小さな山に火をつけて、少しずつ大木をくべ火をおこしていく。

ザンビアでもアンゴラでも、老人らに、昔のアンゴラでの生活の様子を聞いた。そのなかで、昔はどうやって火をおこしていたかを聞いたことがある。昔使っていたのはcilokoと呼ばれる火をおこす板と小枝である。mumbombaとよばれる樹木でこのcilokoをつくり、板に浅く穴をあけてそこに棒をあて、手でこする。「シュシュシュシュシュシュシュ、って擦ると、たちまち火がつく。Mumbombaは本当にいい木だ。この辺にはないけど、今度遠くの森にでかけたときにとってくるよ。」70歳近い老人がそう私に教えてくれた。

過去のアフリックエッセイ「旅涯の地で」にも書いたが、アンゴラ東部のンブンダの多くは、かつて難民となってザンビアに避難していた。紛争がはじまりアンゴラ東部からザンビア西部へと逃げる際も、わずかな食材とこのcilokoをもって逃げ、森のなかの道すがら煮炊きをして飢えをしのいだ。国内にとどまった人びとは、戦禍を逃れて森に隠れ生活をするうちに、居場所をしられないよう煮炊きをやめ、cilokoの使用も一時やめてしまったこともある。

戦後ザンビアから大量の難民が帰還したのと同時に、多くの商品が運ばれアンゴラ東部の小さな町が復興した。ザンビアを経由したマッチがアンゴラの村々に普及してからは、上で述べた要領で火をおこしてきたのでcilokoは使われなくなった。

アンゴラ東部の村で、夜、闇にうかぶ火を一つ一つみていると、単なる私のロマンチシズムによる夢か幻か、見たこともないくせに、昔もこうして人びとが火をおこしておしゃべりをしていた様子が重なって、闇にうかんでみえることがある。火をおこす道具や場所が変わっても、火をおこして暮らす人びとの営みが導く次なる問いは、昔と今の彼らの生活の深層を照らす小さな灯火なのだと思う。