濁流と暮らす

黒崎龍悟

私はこれまでタンザニア南部、モザンビーク国境沿いのコーヒー生産地で長らく調査をしてきた。そこは山岳地帯で、渓谷が織りなす地形は多くの水源地をつくりだし、水源やその近くはもちろん、斜面が谷底へと続く地点を掘れば、きれいな水を、一年をとおして確保することができた。もう20年以上前のことだが、村に住み込もうと決めたとき、飲料水は煮沸して飲んだ方が良いのだろうとは考えてはいたものの、ホストマザーにそのことを頼むタイミングを逃し、そのまま1年以上、生水を飲み続けることになったが、とくに飲み水が原因で体調を崩すことはなかった。

タンザニアに初めて渡航したときはさまざまなカルチャーショックを受けることがあったが、タンザニアの地域を移り住むなかで再びカルチャーショックを受けたのが、この水に関することだった。現在、調査を続けているザンビア国境に近いタンザニア南西部の農村は、トラフ(船状盆地)の南に広がる平野部に位置する。国内でも経済的に周縁化された地域で村に続く道路は未舗装のままだ。最近になって、やっと電化が進みはじめたが、その恩恵を受けるのは一部の世帯に限られている。そして当然、水道のインフラは整っていない。

ただし、地域には大きな川が貫流していて、生活をするうえで水そのものに困っているということはない。水浴び、洗濯、食事の用意など人びとはこの川に頼って生活している。とはいえ、川の本流からの水をそのまま使っているので、それまで住んでいた山岳地帯の水と比べて「きれいな水」とはいえるものではなかった。食事・飲用のための水を汲むところは、水浴びや洗濯をするところとは区別しているようだが、あまり、違いが見てとれるようなものではなかった。この地域の気候は雨季と乾季に分かれるが、とくに雨季の水の濁り具合は深刻だった。乾季と比較すると雨季は川の水位が1m以上高くなるほど流量が増え、濁流と化すからである。村人に聞くと、やはり雨季にはおなかをこわす人が多いらしく、実際、そのことによる「落とし物」を林のなかで見たりすることもあった。

雨季は食糧が不足する端境期にあたる。この時期に実をつけるマンゴーを食事代わりにしている人も少なくない。川からバケツで汲んできた水に収穫したマンゴーをため、それで洗って食べるということをしているのも、おなかをこわす原因のひとつだろう。雨季に人びとはやせていく。さすがに生水を飲むことはできないので、この村に行くときは毎回ペットボトルの水を買って持っていくことになった。

写真1:子どもたちが遊ぶ乾季の川。雨季には後ろにみえる岩のほとんどが隠れるぐらい水位が上がる。

写真2:雨季の濁流

村でフィールドワークをするとき、泊るところや食事の準備でお世話になる家があるのだが、とくに食料事情がよくない雨季にはいろいろな食材を買い込んで行く。昼食・夕食の主食となるウガリ(トウモロコシの粉をゆでて団子状にしたもの)の材料は現地で調達するとして、朝食用のパンやコメ、おかずとなる魚の燻製や葉菜類、油や砂糖などの調味料、その他に紅茶の茶葉などを買っていくことが多い。また、とくに朝食にでてくる米用に、ふりかけなど「ごはんの友」になるような補助的な食品を日本から持っていく。それで、ホストファミリーと一緒に食事をとるのが慣例になっている。ふりかけは意外と村人に評判が良い。

ある雨季の日、朝食と呼ばれて、食事を入れておく保温ポットを開けると、そこにはほかほかとした茶色い米があった。一瞬、一緒に村に来た日本人研究者が「炊き込みご飯の素でも持ち込んで料理させたのではないか」という考えが頭をよぎった。九州でよく食べた「かしわめし」を思い出した。ところがよく見るとそれはただの水で炊いたご飯だったのである。つまり、濁流と化した川の水、それでもきれいなところを選んで汲んできてくれたのは間違いないが、そのような水で料理されたために、このような色になったのだった。もちろん、味に何か影響するわけではないし、炊いているので煮沸と同じ効果があるだろうから、心配はない。おいしく食べることができたが、やはり一見したときには動揺を隠せなかった。

ホストファミリーの娘は、日本の同じぐらいの年齢の子どもと比べてひとまわり体が小さい。それでもマンゴーをかじりながら小さな弟をおんぶしている。こうしたことを気づくに至って、あらためて清潔な水の重要性を考えることになった。雨季の水調達として、村人は比較的きれいな生活用水となる雨水を貯めることもはじめている。そのためには大きなバケツを用意する必要がある。水を貯めるためにホストファミリーからバケツを買ってほしいといわれたこともあった。また、軒に樋(とい)をつける文化(というか経済的余裕)がほとんどないので、屋根に落ちる雨水を集めるために、屋根材となるトタン板のあまりをごく短い樋がわりにしているが、集められる雨水の量はそれほど多くならない。「茶色い米」を経験したのは一度だけだったが、それ以外のときはホストマザーが気を使って調理に雨水を使ってくれていたのかもしれない。

ろ過や煮沸というのは、衛生的な水を確保するための対応策としてよく提唱されているが、ろ過材や薪といった資材・資源がじゅうぶんに手に入らないことも影響して、習慣として定着するのはそう簡単ではない。その一方で、持ち込んだペットボトルの水を飲みつづけるのには後ろめたさがあった。ホストファミリーがたまにペットボトルの水を分けてほしいと言ってくることがあったが、彼らが私たちの飲み水を使い切らないよう、気を使っていたのはよくわかった。

以前に住んでいた山岳地帯の多くの村では、私が住み始めて5~6年経ったごろから村人たちがみずから水道をつくりはじめていった。必要な資材を共同購入して、水源地から水を引き、タンクに貯めて各家や共同の水道まで水を供給して利用するようになった。しかし、今通っている平野部の村では、そもそも地形が岩に覆われているところが多く、水源地となるようなところも見当たらないので、水をひいて水道をつくることができない。それでもよく聞けば、以前は村のなかを小川が流れていたという。その小川が維持されていれば、きれいな水を手に入れられたのではないだろうか。しかし、その上流の林を皆伐してしまったので、いつしか小川は干上がっていった。この村では森林環境の再生と資源の循環的な利用に取り組んでいるが、林の荒廃が健康の問題にも結びついていることを、「茶色い米」をとおして実感したのだった。