『カーイ・フェチ/来て踊ろう―日本におけるセネガルのサバールダンス実践―』菅野淑=著

紹介者:池邉智基

アフリカの音楽といえば、太鼓がすぐに連想されるだろう。西アフリカ・セネガルでも同様に、住宅地から鳴り響く太鼓のリズムを聞かないことはない。太鼓を叩くのは、宗教儀礼や結婚式など、さまざまな機会があるが、サバールダンスという夜にかけて踊り続ける会もある。サバールとはセネガルに特有の太鼓のことで、その太鼓に合わせたダンスもまたサバールと呼ばれている。アフリカの太鼓としてはジェンベが広く知られているが、セネガル(特に沿岸部)ではサバールのほうが一般的な太鼓である。夜会で鳴り響くサバールのリズムは、素人が聞くだけでは複数の太鼓の音が渾然一体となって何がなんだかよくわからない。しかし若者たちはそのリズムに合わせて見事に踊り、その度に驚嘆の声が飛び交う。

本書はそうしたセネガル特有の太鼓を使ったサバールダンスについて記述されているが、特にサバールダンスを実践する日本人コミュニティを対象にしている。1990年代頃より日本ではジェンベやサバールを日本で実践するダンサーが増えており、各地に住むセネガル人講師と日本人実践者のコミュニティがある。著者自身も日本に住むセネガル人アーティストらを講師としたダンスクラスに参加するなど、サバールダンスを学び、踊る中で、いかにアフリカの文化を日本人が受容し実践してきたかについて論じている。

日本で実践されるアフリカ文化の状況を議論するために、本書の舞台はセネガルと日本に分かれている。第一章から第二章にかけては主にセネガルを舞台としており、セネガル社会における音楽家の位置づけやサバールとダンスの特徴がまとめられている。そして第三章以降は主に日本を舞台として、サバールダンスが日本に流入してきた過程について記述され、日本人向けのサバールダンスクラスでの教示と学習、ダンス実践に対する称賛と批判など、異文化を実践することについての記述と考察がなされている。

本書の後半で示されるように、「伝統的」なサバールダンスを日本でも楽しみながら受容しつつも、そこには多様な観点から「ホンモノ」か否かという論点が存在しており、批判や称賛をどうにかして受け入れながら、異文化実践のネットワークを日本で構築する人びとの姿を描き出している。サバールダンスを踊れるようになることは、その独特のリズムや動きを理解した上で、さらに太鼓と「会話」し、ソロで即興ができるといった習熟の過程が存在する。本書が詳しく説明するように、セネガルでは、元来、音楽職能集団(ゲウェル)にのみ限定されてきた演奏やダンスは、現在ではセネガルでも「プロ」としてダンサーや講師といった職業にできるまでになっている。「本場」ではない異国の地で実践する場合、外国人である時点でたしかに「ホンモノ」との距離は存在しうるが、欧米や日本でもアフリカンダンスを実践する人びとのコミュニティでそれぞれがより「ホンモノ」に近い動きを目指し、模倣しつつ身体化している。ダンスを身体化する難しさをなんとか乗り越えて「本場」に近づこうとする各々のアプローチは、ダンスクラスの講師として誰を選ぶか、どの講師が最も「ホンモノ」に近いかといった観点に加え、「本場」である現地への渡航ツアーの実施や、さらには現地に住みながらダンスを実践していくといったかたちで幾重にも存在しているのである。こうした「よそ者」による異文化実践を通じて見えてくるサバールダンス受容の現在的状況を、本書は複数の視点から詳細に描いている。

出版社:春風社

発売日:2024年2月1日

言語:日本語

単行本:308ページ

ISBN-10:4861108853

ISBN-13:978-4861108853

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