『フェラ・クティ自伝』 カルロス・ムーア=著、菊池淳子=訳

紹介:目黒 紀夫

ナイジェリア生まれのミュージシャン、フェラ・ランサム・クティ(1938年〜1997年)。この本は、その圧倒的なパフォーマンスとカリスマ性、影響力などから「黒い大統領(ブラック・プレジデント)」とも呼ばれるフェラの自伝です。

ところで、「フェラ・クティなんてはじめて聞いた」なんて人がいたら、まずはyoutubeの公式サイトでいくつか曲を聞いてみてください! どうですか? あなたも「心を虜にする言葉の繰り返しと、圧倒的なノリの良さ」(6頁)に引き込まれませんでしたか? あるいは、フェラの生涯を描いたブロードウェイ・ミュージカル『フェラ!(FELA!)』の動画はどうでしょう? 彼のナイトクラブ「シュライン」を模したステージでのパフォーマンスは、主演男優の怪演ぶりもあって大好評を博しました。

そんなフェラの音楽はとてつもなくエネルギッシュであるのと同時に、非常に政治的です。1956年に油田が発見されたナイジェリアは、経済大国へと成長していきます。しかし、それは同時に莫大な富に群がる政治家や官僚、企業の腐敗と、それを批判する人々への弾圧とをもたらしました。そうしたなかでフェラは堕落した権力者や大企業を徹底的に批判し、人々の熱烈な人気を得ます。そしてそれ故に尋常ではない攻撃を権力の側から受けることになるのです。

わたしが大好きな「ゾンビ」は、命令されるままに暴力をふるう軍隊の無思考ぶりを皮肉って大ヒットした曲です。そんなゾンビたちによって自らのコミューン「カラクタ共和国」を破壊された情景を歌った「カラクタ・ショー(Kalakuta Show)」や、植民地化以降のアフリカに混乱や腐敗、圧政をもたらした「国際的な盗人たち」として、政治家だけでなく先進国や援助機関、グローバル企業を批判した「アイ・ティー・ティー(I.T.T. (International Thief Thief))」など、「圧倒的なノリの良さ」を特徴とするフェラの曲で歌われている内容は、驚くほどに反政府的であり攻撃的です。

と、すっかり「おすすめ本」の紹介のはずが「おすすめミュージシャン」の紹介になってしまいましたが、この本を読むことでわたしたちは、フェラの圧倒的なバイタリティーを感じるのと同時に、いかにナイジェリアの政府が国民に圧政を敷いてきたのか、不屈の精神で反抗するフェラに対してどれほどの加虐が加えられたのかを理解することになります。政治家をはじめとする権力者の腐敗と暴力は、今なお多くのアフリカの国が抱える問題である時、その苛烈さが本書からは浮かび上がってくるのです。

フェラの音楽を知らずに本書を読んでも楽しめるでしょうし、この本を読まなくてもフェラの音楽の虜となることはできます。しかし、「圧倒的なノリの良さ」で世界を魅了し続ける彼の音楽が生まれた経緯を理解することで、より強く「心を虜にする言葉」に共感することができるようになるはずです。フェラの一人称で書かれている文章はとても読みやすく、背景知識がなくてもスラスラと読み進めることができます。来年には没後20年を迎える「黒い大統領」の生き様を、彼の音楽をBGMに追体験してみるのはいかがですか?

書誌情報

出版社:ケン・ブックス
発行:2013年7月
定価:2,300円+税
四六版並制352頁
ISBN-10: 4773813111
ISBN-13: 978-4773813111