『サバンナのジェンダー―西アフリカ農村経済の民族誌』友松 夕香(著)

紹介:桐越 仁美

「アフリカ農村の女性は周縁化されており、男性に従属し、資源分配の点においても男性とのあいだに格差がある」。このような『アフリカの農村女性像』は、フェミニズムの影響を受けた学者たちによる諸研究が、開発政策において大きな潮流をつくりはじめた1970年代に生み出され、定着してきた。しかし、アフリカの農村女性は、本当に「周縁化」され「男性に従属」するだけの生活を送っているのだろうか。

上記の『アフリカの農村女性像』をもとに実施されてきた政策は、女性の経済的自立性あるいは夫に対する政治的な自立性を高めることを通じたジェンダー平等の実現を目標とし、ジェンダー平等の実現こそが女性の福利(ウェルビーイング:幸福と利益)に結びつくものであるという思想のうえに成り立ってきた。しかし実際のところ、フェミニズムや開発政策はアフリカの農村女性の福利の向上を実現させてきたといえるのか?本書は、西アフリカのガーナ北部に暮らすダゴンバの人びとの生活実践を分析することで、開発政策による女性の福利向上を問いなおすことを目的としている。

ダゴンバの人びとが暮らす西アフリカのサバンナ地域は、農耕に使える土壌層が薄く、浸食が生じやすい。近年は気候変動の影響か、年間降水量の変動が大きく、干ばつの生じてしまう年も、逆に多雨になってしまう年もある。いずれにしても作物の生育不良が生じてしまう深刻な問題だ。さらに急速に進む人口増加により、一人当たりの耕作地面積は縮小し続け、食料不足に悩まされることも少なくない。1970~1980年代には、西アフリカの広い範囲が大規模な干ばつに見舞われ、飢餓によって多くの死者が発生した。それ以降も度々食料不足が生じるサバンナ地域には、これまで多くの支援が入り、多くの農業政策・開発政策が実施されてきた。

サバンナの農村に暮らす人びとは、環境や社会の変化から様々な影響を受けてきたといえるが、その都度しなやかな対応をみせてきた。しかし、家族の食料を確保するため、いまだ苦しい生活を強いられていることも事実だ。ダゴンバの人びとがどのように農耕を営み、生産物を入手しているのか。歴史的な統治体系から、いかに自然資源が分配されているのか。本書は、これらの視点における細やかな調査・分析から、サバンナのジェンダーに切り込んでいく。

本書の魅力は、各章に散りばめられた多様なデータから、ガーナ北部に暮らすダゴンバの人びとの生活を詳細に描き出している点にある。歴史的な背景の分析の際には、豊富な植民地時代の地方行政官の記録を用いて、当時の人びとの生活に迫っている。また驚かされるのは、現地で筆者みずから収集した重厚なデータの数々だ。資源となる樹木の本数や個人の耕地の面積、採取物の数量、世帯員の構成、市場で確認された販売品の種類など、ここでは紹介しきれないほどの多くのデータが人びとの生活を鮮やかに描き出す。どれも緻密で、分析において強い説得力をもつ。

 

豊富な情報から描き出されるのは、西アフリカの女性たちの多様な戦略だけでなく、農村社会における男女の社会的役割の違いとその変遷であり、「家族」や「コミュニティ」内での男女間の複雑なやり取りである。多くの開発政策で目標とされた「ジェンダー平等の実現」とは、アフリカの農村社会においてどのような状況を指すのか。女性の福利とは、女性の社会的役割や「家族」「コミュニティ」の複雑な構造を無視して、女性だけを支援対象とすることで実現しうるものなのか。本書が問い直すこれらの課題は、「パタハラ」などの言葉が取り上げられるようになっていきた日本社会にも当てはまるものだとも感じる。本書は、私たちにも身近なジェンダー平等や女性の福利について、もう一度見つめなおすきっかけにもなるのではないだろうか。

書誌情報
出版社:明石書店
発行:2019年
単行本:496ページ
定価5000円(+税)
ISBN-13:978-4750348223