紹介:関野文子
本書は『生態人類学は挑む』シリーズの16巻のうちのひとつである。本シリーズは、一人の著者が長期調査に基づいて描いたモノグラフシリーズと複数の著者が領域横断的にあるテーマに則して論じる6巻からなる。生態人類学とは、自然や人間のさまざまな営みを長期のフィールドワークによって、具体的で説得力のある形で明らかにする学問である。今回紹介するのは、シリーズ第2巻の『生態人類学は挑む わける・ためる』である。このシリーズでは、わける(分ける)、ためる(貯める、溜める)という2つの動詞に関連した人々の社会行動に焦点を当てた9本の論文が納められている。
本書では、チンパンジーやボノボなど霊長類の分配行動と進化に関する考察から始まり、乾燥地帯の農耕社会における穀物の蓄財と分配、砂漠地帯および、熱帯雨林地域の狩猟採集社会における食物の分配、南太平洋の離島での饗宴における分配、漁民社会における政治経済変化と富の蓄積と平等性に関する論考などと幅が広い内容を扱っている。筆者は、4章でカメルーン狩猟採集民の食物分配と人々の微妙な交渉について執筆したが、本書を手にとって初めて、この論集の意義がわかった。3部構成の本書では、霊長類の分配からヒトの分配から始まり、分配と人々のコミュニケーションや相互行為、さらには資本主義社会における国家と不平等までが議論されている。つまり、本書では霊長類〜人類の歴史のわけることからためることへの変遷が辿られているのである。
わけることに関しては、贈与論や互酬性といった理論でこれまで多くの議論がされてきたが、本書をみれば、人にとってわけることとは、経済的価値や威信、負い目の解消を超えたものであり、互酬性や贈与論がわけることの一面を表しているに過ぎないことがよく分かる。わけることとは、単にエスニシティや親族関係を基軸に成り立っているのではなく、日々の対面的な相互行為の中で成り立っており、受けてと与えての二者関係のみで成り立っているのではない(3章、4章)。また、分配の根源的な動機とは、分配の楽しさや喜び、つまり分配を通じて対等な関係になるという相互行為に参加するということであるという(5章)。さらに、6章では、他者に分けることで、他者からの嫉妬をかわし蓄財が認められ、ためることが可能になることが述べられており、わけることと、ためることが密接に関連していることがわかる。
平等と不平等の観点では、平等性は資本主義や貨幣経済が浸透した社会でも息づくものであり(7章)、一方、不平等性とは、動植物の栽培化など、資源や環境条件によるというよりも、分業化や資源を蓄積する組織化など、社会側の選択が重要であり、そこには人間自身の選択があるという(8章)。つまり、平等性や不平等性は、社会の中でせめぎ合い、混在しうるもので、私たちが選びとり構築できることが示唆されている。
本書によって、人間社会における分かち合いや平等・不平等の重層性と多様性に気がつくであろう。同時に、地域研究や事例研究の枠組みを超え、私たちが生活する社会が現在直面する課題を再考するきっかけや問を紐解くヒントを与えうるだろう。
目次(★はアフリック会員の執筆部分)
序章
第Ⅰ部 霊長類と人をつなぐ分配と平等
第1章 食物分配の進化と平等原則—チンパンジーとボノボの世界から(黒田末寿)
第2章 分かち合う人間—狩猟採集民サンのシェアリングと現代社会(今村薫)
第3章 分配に与る者—目の不自由な狩猟採集民ジェマの一生(★戸田美佳子)
第Ⅱ部 分配のエスノグラフィー
第4章 狩猟採集民バカの食物分配—過剰な分配とひそやかな交渉(★関野文子)
第5章 よろこびを分かち合う島—バヌアツ共和国の共食文化(木下靖子)
第6章 富を蓄えつつ分配する人びと—エチオピア農耕民の地下貯蔵庫(砂野唯)
第Ⅲ部 せめぎあう平等と不平等
第7章 国家を受けいれた社会の平等性—マダガスカル漁民の生業戦略と社会関係(飯田卓)
第8章 狩猟採集と不平等—不平等社会確立の条件に関する試論 (高倉浩樹)
終章 「わける・ためる」から見る人の進化史—最終共通祖先から家族の登場まで(寺嶋秀明)
書誌情報
出版社:京都大学学術出版会
定価:本体3,000円+税
発行:2021年 7月
判型 :A5並製・296頁
ISBN : 9784814003440
出版社のサイト:https://www.kyoto-up.or.jp/books/9784814003440.html