『隣のボノボ―集団どうしが出会うとき』 坂巻 哲也=著

紹介:松浦 直毅

野外で動物の調査をつづけてきた若い世代の研究者が、どのような過程で調査対象となる動物に出会い、どんな動機で研究を志し、どのようにその動物の研究をしてきたか、そして、その動物のどんなことが明らかになったのかを描いたシリーズ「新・動物記」の1冊であり、本書は、コンゴ民主共和国(以下、コンゴ)にすむ類人猿ボノボの研究の現場の様子や、研究にまつわるさまざまな事がらが描かれている。ひとりのボノボ研究者である筆者の歩みが語られた「自己エスノグラフィー」であると同時に、ボノボという動物の特徴が幅広く紹介されており、ボノボ研究の最先端にも触れられる「ボノボ入門書」でもある。

「入門書」と書いたが、ボノボ研究に入門するハードルは相当に高い。コンゴという国自体が一筋縄ではいかないさまざまな困難がある国なうえに、調査地であるワンバは、町から遠く遠く離れた深い森の中にあって、たどり着くのも生活するのも大変な場所である。ボノボの調査は、地道な肉体労働で、早朝から夕方までずっとボノボを追いかけるという生活を何か月にもわたって送り、そうしてようやく成果が得られるというものである。アフリカで類人猿研究者の様子を身近で見てきた私は、いつも彼らの仕事に感銘を受けてきた。

本書の調査現場の描写は、色鮮やかで瑞々しい。同じ調査地で研究をしている私は、ひとつひとつの記述に共感し、ワンバの森の色や匂いや雰囲気をありありと思い浮かべながら読んだ。一方で、調査地のことを知らない人も、ワンバの森を歩き、ボノボと対峙しているような気分をすくなからず味わえるのではないだろうか。なにしろこの本自体が、コンゴの森の中で書かれたものだというが、現場に深く入り込み、長きにわたって現地で生活を送り、ボノボや調査地の人々にずっと寄り添ってきた筆者ならではの数々の描写が、私たちを現場へといざなってくれるのである。調査地のことを知る者として多くの共感を抱いた半面、私程度の森の経験ではどうにもわからない感覚もあり、長く続くコロナ禍によって現場の感覚がどんどんと錆びついていることへの危機感もあいまって、自分にも到底たどりつけない世界を垣間見たように感じたのも正直なところである。みなさんも、あらためて野外に出かける感覚を研ぎ澄ませて、コンゴの森の現場にふれる読書体験を味わってほしい。

なお、「新・動物記」シリーズの別巻にはタンザニアのキリンの話があるが、ワクワクしながらおもしろく読める内容で、合わせて手に取っていただくことをおすすめしたい。ナミビアのシロアリに関する本も近刊予定だそうで、こちらも楽しみである。さらにいえば、アフリカを舞台としたもの以外の本もふくめて、現場に深く入り込み、調査対象の動物を一途に追いかける動物学者の描くエスノグラフィーはいずれも魅力的で、動物学者にこんなにおもしろいエスノグラフィーを書かれてしまってはと、人類学者としてわずかばかり嫉妬と羨望も抱いてしまったことを告白しておく。

出版社:京都大学学術出版会
定価:本体2,200円+税
発行:2021年 8月
出版社のサイトhttps://www.kyoto-up.or.jp/books/9784814003365.html
(シリーズの紹介は以下。https://www.kyoto-up.or.jp/series.php?id=157