『現代エチオピアの女たち:社会変化とジェンダーをめぐる民族誌』 石原美奈子=編著

紹介:眞城 百華

アフリカの女性、と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。本書は、エチオピアの過去と現在の多様な女性たちを取り上げ、彼女たちの経験をとおしてアフリカの女性について考えるための多くの材料を提供しています。各章ではエチオピア各地を研究する筆者たちが各々の調査地で出会った女性たちを通じて現代エチオピアにおける社会関係、国家との関係、またエチオピアと国際社会/世界との関係を映し出しています。

本書は、4部構成になっており各部2論文が収められています。プロローグでは、エチオピア史における女性について総括されており、各章で扱われている事例と対象させてエチオピア女性に対する総体的理解を深めることができます。

「第1部:変貌する家族」では、現在のエチオピアで新たに生じた現象として、女性の土地権利と女性の海外出稼ぎを取り上げています。第1章では1995年以後の新政権の下で女性たちの土地権利を取り上げて、伝統的な土地制度やジェンダー規範が近年いかに変貌したかを論じています。第2章では中東などに出稼ぎにいく農村の女性を取り上げています。過酷な家事労働の現場で働く女性たちが出身の村や家族とどうつながり、また新たな体験が彼女たちをどのように変貌させるのかを、具体的な経験から描き出しています。

「第2部:グローバル言説と向き合う」では、女性の身体にかかわるグローバル言説が女性の身体やジェンダー規範、地域の価値観といかにせめぎあっているのかを取り上げています。第3章では家族計画、第4章では女性性器切除を扱っています。これらのグローバル言説は直接女性たちに影響するだけでなく、女性を取り巻く男性、社会、国家をも巻き込み、結果的に女性の身体に複雑で重層的な圧力が作用することがあります。グローバル言説がアフリカの農村ではどのように立ちあらわれ、権力や圧力として作用するのか、を考察する良い例です。

「第3部:体制に挑む」では、第5章で女性ゲリラ兵士、第6章でムスリムの女性聖者を取り上げ、エチオピア史に女性が及ぼした影響を考察しています。アフリカの女性は歴史に十分叙述されてきませんでしたが、叙述が限定的であっても女性も重要なアクターとして歴史、政治、経済、社会、宗教、文化に深い影響を及ぼしてきました。女性の視点から歴史を読み直すことでエチオピア史やアフリカ史、アフリカの女性の捉え方を再考する契機となるでしょう。

「第4部:聖性に集う」では、現代のエチオピアにおける宗教と女性を取り上げます。7章では宗教を信仰する女性たちに焦点をあて、宗教を通じて女性が克服したいと願う多様な問題を浮かび上がらせます。また女性が宗教活動において果たす役割も描かれています。8章ではムスリム聖者を信仰する共同体における経済活動や女性組合の活動を取り上げています。国家と宗教、女性と宗教の関係だけでなく、宗教に基づく共同体の在り方、そこにおける女性の経済活動も取り上げています。

アフリカの女性について多様な国家の事例を扱う文献はこれまでにもありましたが、本書は1冊でアフリカの一国(エチオピア)の過去や現在、また多様な民族、宗教の女性を扱っている点が特徴的です。本書で扱っている女性たちや女性たちを取り巻く社会、国家、国際社会の在り方からは1国の中の多様性が映し出されるだけではないように思います。本書に描かれている多様な女性の像は、同様の経験をしているアフリカの他の国の女性の像も浮かび上がらせます。エチオピアや女性に関心がある方に加え、アフリカに関心がある方にもぜひ手に取っていただきたいと思います。

目次(★が頭についている執筆者はアフリック会員)

〈プロローグ〉
20世紀以降のエチオピア
現代エチオピアの女性

〈第1部 変貌する家族〉
第1章 土地を獲得する女性たち――アムハラの結婚は変わるのか? (児玉由佳)
第2章 越境する女性たち――海外出稼ぎが変える家族のかたち (松村圭一郎)

〈第2部 グローバル言説と向き合う〉
第3章 家族計画をめぐるジレンマ――オロミア州バレ県の農村より (家田愛子)
第4章 女性性器切除と廃絶運動 (宮脇幸生)

〈第3部 体制に挑む〉
第5章 戦う女性たち――ティグライ人民解放戦線と女性 (★眞城百華)
第6章 キリスト教国家とムスリム聖女――スィティ・ムーミナの奇跡譚を通して (石原美奈子)

〈第4部 聖性に集う〉
第7章 ハドラに集う女性たち (松波康男)
第8章 「生活の向上」を目指す――ムスリム聖者村における女性組合の試み (吉田早悠里)
〈エピローグ〉

書誌情報

出版社: 明石書店
定価:本体5,400円+税
発行: 2017年2月
A5判/302頁
ISBN: 978-4-7503-4452-2