『地域水力を考える―日本とアフリカの農村から』伊谷樹一・荒木美奈子・黒崎龍悟=編

紹介 黒崎龍悟

「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」という一文は、鎌倉時代の随筆『方丈記』の書き出しとしてよく知られている。作者の鴨長明は、流れゆく川の水に世の無常を重ねたが、この本は、むしろそのような絶えない川の流れに頼もしさを見いだす感性に根ざしている。小さな川のせせらぎでも、水が流れ続けている限り、私たちは水車を介してそこから自然エネルギーを取り出せることができる。そしてそのようなエネルギーは、量の多寡以外にもさまざまな価値を持ちうるのである。たとえば、水の流れを維持するには、水源というコモンズの保全や涵養のために人びとの手が入ることが前提となる。水車を回し続けるにも日々の修繕や管理の手間がある。水車を介した水力の利用の背後には、そのような水車がまわり続けるための苦労が必ずあり、地域の連帯や協調が浮かび上がる。本書でいう地域水力とは、このような、規模とは関係なく地域のコミュニティと環境が密接に関わる水力を指しており、そこに現代の人・環境・エネルギーの関係性を探究するための手がかりがあると本書は提起する。
本書では、序章と具体的な事例を取り扱う6章および終章で構成されており、事例のうち3章が日本、残り3章がアフリカを対象としている。日本は原発事故以後に地域分散型エネルギーとしての自然エネルギーが注目されるようになり、さまざまな地域で数多くの試みが積み重ねられつつある。そのいっぽうで、世界のなかでも電化率が群を抜いて低いアフリカ(本書ではとくにタンザニア)の農村で、手作りの水車を設置し、水力で小さな灯をともす人びとがいる。電化の段階がまったく異なる日本とアフリカの農村において同じような動きがみられることに着目するのが、本書の特徴のひとつである。また、このようなアフリカ農村での動きを念頭に日本の地域電化の歴史(第2章)をみてみると、興味深い事実が明らかになる。実は半世紀ほど前の日本では、村や組合などを単位として人びとが資金を出し合いながら電気を水力で地産地消していたのだが、当時の人びとはコミュニティの家々の一斉点灯ということにこだわっていた。このような平等性を重視する姿勢が、現代のアフリカ農村の電化においても見出せるのである(第4章)。また、日本における現代の分散型エネルギーの動きは、かつての地域水力のリバイバルという側面を持っていることも見逃してはならない。
時代や地域を異にする6つの事例だが、読み進めるとそこには共通する要素がたびたび見出され、水力をとおして共鳴する世界があることに気づくだろう。エネルギーといえば何かとその量の多寡が問題にされて、湯水のごとくエネルギーを使う私たちの生活を省みる議論につながることはあまりない。そのなかで本書が提示する地域水力の考え方や事例は、水力の奥深い世界を楽しむきっかけになるとともに、現代の自然エネルギー利用のあり方や環境問題について理解を深める一助になるだろう。

目次

序 章 ギャップを埋める地域水力 ※
第一章 環境と人をつなぐ水力
第二章 地域・産業の電化過程と小水力発電
第三章 日本の農村における地域水力の展開―水車を設置してみえてきたこと
第四章 創造的模倣としての水力発電―タンザニア農村における試みから ※
第五章 現代日本における地域水力の意義と可能性
第六章 水車を介した国境を越えた協働――「ゆるやかな共」の繋がりから考える地域水力 ※
終 章 人と環境とエネルギーの関係性 ※

※印は会員が執筆(共著を含む)

書誌情報

  • 出版社:昭和堂
  • 出版年月日:2021/03/31
  • ISBN:9784812220276