『メディアのフィールドワーク:アフリカとケータイの未来』 羽渕一代・内藤直樹・岩佐光広=編著

紹介:丸山 淳子

幼い甥っ子を抱き上げて、私に近寄ってきたコモチョは、ちょっと見ないうちにずいぶんおねえさんらしくなった。町で買ってきたばかりの短いスカートも、よく似合っている。でも、私にまとわりつきながら見せる笑顔は、変わらずあどけないまま。そりゃ、そうだ。あのころから、実際のところ、まだ数年しか経っていない。

数年前、私はアフリカ便りに「見えないけど、一緒にいる:カラハリケータイ談義」というエッセイを書いた。あのころ、コモチョはおもちゃのケータイで遊んでいたけれど、ブッシュマンのためにカラハリ砂漠のはずれにつくられた、この定住地には、まだ電波は届いていなかった。そのエッセイの最後に私は、こんなことを書いた。

「アフリカ中を席巻しているケータイが、この定住地で使われるようになるのと、コモチョ達がオトナになるのと、どっちが先だろうか。彼女と日本にいる私とが、「見えないけど、一緒にいる」関係をもつ(つまりケータイを使う)日もたぶんそんなに先のことではないはずだ。」

あのとき、私は「そんなに先のことではない」と書きながらも、それでも10年以上はかかるような気がしていた。ところが、そんな浅はかな予測よりも、現実はもっと早いスピードで動いていた。わずか数年のうちに、日本にいる私のケータイにも、カラハリからの着信があるようになった。狩猟採集生活を続けてきたブッシュマンのあいだにも、ケータイが瞬く間に広がったのである。

近年になってケータイが日常風景に溶け込むようになったのは、カラハリだけの話ではない。アフリカ各地で、若者も女性も、乾燥地の牧畜民も熱帯雨林の狩猟採集民も、紛争のさなかでも、難民になっても、みなケータイを片手に、さまざまなつながりを紡ぎだすようになった。そんなケータイ普及の渦中で、彼らはどんなふうにこの新しいメディアを使い、そのことで彼らの生活はどのように変化しつつあるのだろうか。その様相を、徹底的に具体的に論じているのが、本書「メディアのフィールドワーク:アフリカとケータイの未来」である。

本書がとりあげるのは、アフリカのケータイ普及状況や利用についての網羅的な全体像ではないし、ケータイを使った経済的な成功例や画期的な問題解決の方法だけでもない。それぞれの地域でフィールドワークを続けてきた調査者たちが描き出すのは、ケータイがもたらした、ともすれば見過ごされそうな微細な変化であったり、その効果がまだはっきりとは見通せない、ケータイ受容の試行錯誤のプロセスであったりする。しかしそれこそが、ケータイという新しいメディアが加わったばかりのアフリカの日常生活のリアリティと、アフリカの人びとが培ってきたネットワークが改めて切り結ばれる現場の息遣いを伝える。アフリカ各地の「同時多発的」なケータイ普及の過程には、アフリカのそれぞれの地域の歴史と現在がもつ多様性と、アフリカ全体が直面しているグローバル化の大きなインパクトの双方が、鮮やかに映し出されるのである。

「ケータイも使いつつ、一方でトビウサギとのコミュニケーションも続けるような、そんな未来はあり得るだろうか」と、私はかつてアフリカ便りに書いた。ケータイが使われるようになった今、コモチョの暮らす定住地のブッシュマンは、どんなおしゃべりをしているのだろうか。そのおしゃべりに耳をかたむけ、彼らの生活の変化の行く先と、そして「アフリカとケータイの未来」を望みたい方には、本書をぜひ手に取っていただきたい。

目次

  • Introduction アフリカのケータイをフィールドワークする
  • *コラム1:数字からみるアフリカのケータイ事情
  • *コラム2:へき地へ「つながり」を提供するグラミン銀行のヴィレッジフォン
  • 第1章 現代日本社会をケニアで考えるということ−ケータイの利用をフィールドワークする
  • 第2章 道路をバイパスしていく電波−マダガスカルで展開するもうひとつのメディア史
  • *コラム3:南アフリカケータイ旅行−はじめてのフィールドワーク
  • 第3章 農村の若者集団とケータイ−社会とメディアの個人化について考える
  • *コラム4:都市の若者達の社会関係を映すケータイ利用
  • 第4章 ザンビア農村における女性のくらしとケータイ
  • *コラム5:レジリアンスとセーフティネット
  • 第5章 ナミビア農村部におけるケータイの普及と経済活動の空間的拡大
  • *コラム6:ビジネスチャンスの拡大と生業の持続
  • 第6章 森に入ったケータイ−平等社会のゆくえ
  • 第7章 呪術化するケータイ
  • *コラム7:ヘルスケアにおける情報通信の活用
  • 第8章 紛争と平和をもたらすケータイ−東アフリカ牧畜社会の事例
  • *コラム8:「アラブの春」とソーシャルメディア
  • 第9章 カネとケータイが結ぶつながり−ケニアの難民によるモバイルマネー利用
  • *コラム9:ホストと調和して生きる−アフリカの自主的定着難民によるケータイ利用
  • 第10章 ケータイが切りひらく狩猟採集社会のあらたな展開−ボツワナにおける遠隔地へのケータイ普及がもたらしたもの
  • Conclusion グローバル社会のメディア研究

●アフリックのメンバーが執筆を担当した章
コラム2,4(大門碧)、第4章(成澤徳子)、コラム5(石本雄大)、第6章(松浦直毅)、コラム9(村尾るみこ)、第10章(丸山淳子)

書籍情報

出版社:北樹出版
定価:2,200円+税
発行:2012年 9月
A5判/204頁
ISBN978-4-7793-0348-7