『森の目が世界を問う―アフリカ熱帯雨林の保全と先住民』 - 市川 光雄 著

紹介:松浦 直毅

 「ピグミー」と呼ばれるアフリカ熱帯雨林の狩猟採集民は、数多くの研究者を惹きつける魅力をもっており、世界中の研究者がかれらのもとへと調査に通いつづけている。なかでも日本のピグミー研究の層の厚さは世界でも有数であり、狩猟採集民に関する国際会議に参加してみると、ピグミーにかんする発表は日本の研究者によるものが最多であった、ということもすくなくない。このように数多くの研究者によって、長いあいだ多岐にわたるテーマでおこなわれてきた日本のピグミー研究の礎を築き、こんにちまでその屋台骨を支えてきたのが、本書の著者・市川光雄である。本書は、40年以上にわたる著者の研究者人生の集大成であり、研究を志したきっかけからはじまり、コンゴ民主共和国(当時ザイール)でのムブティ・ピグミーの調査、さらにカメルーンのバカ・ピグミーの調査にいたるまで、そして、人類学から地域研究へと展開する過程が生き生きと描かれている。しかしながら、私があらためて驚嘆するのは、定年退職して10年以上が経つ現在も、著者は現地に通いつづけ、現役でありつづけているという点である。したがって本書も、ありがちな「回顧録」ではまったくなく、アフリカ熱帯雨林が抱える現代的な課題を示すとともに、具体的かつ詳細な調査にもとづいてその解決策を探る「最先端の研究成果」でもある。

アフリカ熱帯雨林は急速に減少しており、その保全が急務となっている。しかしながら、森林保全の取り組みのかたわらで、ピグミーのように長いあいだ森と強くむすびつき、森をたよった生活を送ってきた人々の権利はないがしろにされがちである。かれらが長く暮らしてきた森があるときから保護区に定められ、それまで住んでいた場所から強制的に排除され、それまでふつうにおこなってきた生業活動が違法行為として取り締まられるようになるのである。このような保全政策と地域住民の対立という問題に対して、本書は、ピグミーの人々の側に寄り添い、かれらの生活文化を尊重する立場から、保全政策がもたらす負の影響を問題として取り上げている。本書のタイトルである「森の目が世界を問う」とは、外部者(=世界)による一方的な土地の収奪や権利の侵害に対して、地域住民の視点(森の目)に立って批判するという意図がこめられている。

アフリカ熱帯雨林の人類学的研究の第一人者であるとともに、著者は数多くの教え子を育てた名伯楽でもある。その理由に、著者の研究に真摯に向き合う態度と、フィールドワークを楽しむ姿勢があるのではないかと思う。世界銀行のミッションに専門家として招聘されたときには、その準備として膨大な資料を徹底的に読み込んで熱心に勉強し、現地での実態調査では、権威にあぐらをかくことなくフィールドワーカーとしての持ち味を発揮して精力的に活動していることがわかる。また、本書の後半には、カメルーンでおこなわれている最新の研究プロジェクトの成果が盛り込まれているが、それを推進している教え子たちの活動を尊重し、教え子であってもその研究から真摯に学ぼうとする姿勢が垣間見える。著者がそのような背中を見せつづけてきたからこそ、それを追いかける多くの研究者たちが育ってきたのではないだろうか。くわえていうと、著者は、私たちの活動を応援するという気持ちから、しばらくのあいだアフリックの会員にもなってくださっていた。先生・大先輩でありながら、そうした立場をふりかざすことはまったくなく、いち会員としてアフリックを支えてくださったことは感謝にたえない。

「森の目が世界を問う」というタイトルには、そうした教え子たちに向けた今後の課題の問いかけという意味もあるのかもしれない。それに対するささやかながらひとつの応答として、私は近著*でガボンのピグミー社会に対する外部からの影響について論じ、その社会変化を外部から一方的に解釈するのではなく、かれらに真摯にきちんと向き合い、その多様性に目を向けることが重要であることを指摘した。まだまだ遠くおよばないが、ひきつづき著者の背中を追いかけながら、新しい時代のピグミー研究をきりひらいていきたいと思う。

 

*『No Life, No Forest-熱帯林の「価値命題」を暮らしから問う』(阿部健一・柳澤雅之編、京都大学学術出版会、2021年3月)同書には、アフリック会員である坂梨健太さんも寄稿している。

 

書誌情報

出版社:京都大学学術出版会
定価:本体3,600円+税
発行:2021年 1月
出版社のサイトhttps://www.kyoto-up.or.jp/books/9784814003105.html