『不揃いな身体でアフリカを生きる―障害と物乞いの都市エスノグラフィ』 仲尾 友貴恵 著

紹介:松浦 直毅

アフリカの都市のなかを行き来していると、さまざまな場所に「物乞い」の人たちがいるのが目にとまる。ショッピングセンターの入り口あたりで、歩いて通りかかるこちらをじっとみつめて何かを訴えてくるゴザに座った老女。交差点で信号待ちをしている車に近づいてきて、窓をコツンコツンと叩いて手に持った容器を差し出す中年男性。大通りでタクシーを拾おうとしている人たちにつぎつぎに声をかける子どもを連れた若い女性。かれらは多くの場合、身体に何らかの欠損を抱えている。私は、こうした「物乞い」をされるのが正直なところ苦手で、かれらとやりとりすることはおろか、向き合うことさえせず、たいてい目を背けたり足早に通りすぎたりしてしまう。炎天下の路上で1日中すごす過酷さや、福祉制度が十分に整っていない国に生きる困難さを思って、勝手に暗く重たい気持ちになり、何もできないことへのうしろめたさを覚えもするのだが、結局のところ、他人の不幸をたんに憐れんでいるだけなのかもしれないし、どこかに偏見や差別、あるいは恐怖感を抱いているところがあることも否定できない。

本書は、タンザニアの中心都市ダルエスサラームに暮らすそうした「物乞い」の人たちに脚光を当てたものである。かれらの生活史や日々の暮らしのようすを詳細かつ鮮明に描くことによって本書は、私のようなまなざしがいかに一面的で理解の乏しいものであるのかに気づかせてくれる。障害者を十把一絡げにして、かれらは「困難」で「不幸」だと考えること自体が、偏見に満ちた上から目線にほかならない。「物乞い」は、貧困をきわめた人たちによる卑俗な行為ではけっしてなく、混沌としたアフリカ都市社会に埋め込まれた、身体的欠損をかかえた人びとによる生存戦略のひとつである。社会福祉や障害政策などを専攻する学生が多いことから、担当している演習授業でも取り上げてみたが、そうしたテーマを学んでいる学生たちでさえも、あるいはそういう学生たちだからこそ、想像だにしたことがない状況であったようで、彼女たちの視野が大きく広がるようすがみてとれた。

背景となる障害概念の変遷や福祉政策をめぐる歴史などもていねいに論じられているが、筆者が繰り返し強調しているように本書は、障害をテーマにしたものというだけでなく、現代アフリカに暮らす「ふつうの」人びとの生きざまを刻銘に描いた民族誌としても読まれるべきだろう。同じような特徴をもち、本書がくりかえし参照している先行書として、アフリック会員の戸田美佳子さんによる著書がある。戸田さんはほかにも、カメルーンの首都ヤウンデの「物乞い」や、コンゴ河を越境して商売を営む障害者についての論考も著している。偏見をもたず対象となる人びとに真摯に向き合い、体当たりでその世界に入り込んでいく姿勢は本書の筆者とも深く共通しており、本書と合わせてお読みになることをおすすめしたい。

もちろん、本書に登場する人びとが困難を抱えていないわけではまったくないし、タンザニア社会にも偏見や差別はあふれている。福祉制度が十分に整備されていないのは、やはり解決するべき大きな問題であるだろう。このテーマにかぎらないが、アフリカに深くかかわり、さまざまなかたちでアフリカ情報を発信している立場として私は、ただアフリカをもてはやすようなことは避けるべきだと考えている。また、日本の問題を指摘するのにアフリカを持ち出すことにも慎重であるべきだとも思っている。しかしながら、自己責任を振りかざし、社会的弱者に対して冷酷な言葉を浴びせる人びとが一部でもてはやされ、実際にそうした思想が残忍な犯罪にもつながってしまっている日本社会をみると、「物乞い」が生きる余地を見出せるようなアフリカ社会の包摂性から学ぶことはすくなくないようにもやはり思える。筆者もきわめて慎重な言い回しでそうした考えを示しているが、本書を通じてみなさんも、こうした点についても考えていただければと思う。

書誌情報

出版社:世界思想社
定価:本体3,600円+税
発行:2022年 3月
出版社のサイト ttps://sekaishisosha.jp/book/b600066.html