『パピルスの賦』今井一郎ー=著

紹介:大石 高典

アフリカ各地で漁労活動が盛んに行われているにもかかわらず、アフリカの漁民とはどんな人々なのかいまだよく知られていない。狩猟採集、農耕、牧畜などと異なって十分な研究が行われてきたとは言い難い状況が続いている。魚は主食にならず、魚だけを食べて生きてゆくことは難しいことから、農業や市場との関係で移ろいやすい。漁労活動に関わる記載や分析は断片的に多くの記述の中に分散していてなかなか全体像がつかみにくいのが実状である。

この本は、アフリカの内水面漁業研究のパイオニアの一人である今井一郎博士によって書かれたアフリカ漁労・漁業研究への格好の入門書となっている。物語の舞台は、ザンビア北西部に広がる広大なバングウェウル湿原。ここで行われた、3ヶ月にわたるひとつのフィールドワークの始まりから終わりまでが丁寧に描かれている。

いったい、どんな人々が、どのようにして魚をとらえ、なりわいとしているのか、そのなりわいを支えている人間関係とはどのようなものかが、調査者である今井さんと調査助手のムワぺをはじめとする漁撈キャンプの隣人たちとのやり取りの中に生き生きと表現されている。そこには、「一時の間しか暮らしていない人間が読者に対してスワンプ漁撈の実態を示し、その機能や意義等について滔々と語ることのうさん臭さ」(p.168)は微塵も感じられない。とくに同居している漁師と魚の仲買人との関係を描いた第六章、病気に倒れた調査助手ムワぺの看病について描かれた第七章は迫力満点の臨場感が感じられる。

今井さんは、ザンビアに来る前に、ケニアの牧畜民の調査も経験しておられるベテランの研究者だが、さまざまな失敗や誤解を交えながら理解を深めてゆく漁民とのやりとりを語るまなざしはどこまでも同じ釜の飯を食った者のそれだ。これからアフリカに長期滞在しようとする大学院生や実践家にとっておおいに参考となるに違いない。

目次

序章
第一章 バングウェウル湿原の概要
第二章 マロヤンカラモの隣人たち
第三章 漁撈ユニット
第四章 漁法
第五章 魚交易人
第六章 ジョンとジェーン
第七章 ムワぺ倒れる
第八章 撤収

書誌情報

出版社:近代文芸社
発行:2000年8月
新書/174ページ
ISBN-10: 4773366680