昨年は、例年以上にゾウが村の中まで入ってくるようになり、人がゾウに襲われる被害が相次ぎました。9月がもっともひどく、セレンゲティ県内の3つの村で計4名が死亡、1名が重体となりました。
人に慣れていくゾウ
ゾウが村の中まで入ってくる背景には、個体数の増加、昨年の干ばつなど、複合的な要因があります。その中でも特に大きな要因として、人慣れが進んでいることが考えられます。これまでのゾウは、畑の作物を食べにきており、基本的には、人家に近寄ることはありませんでした。人間をいちおう恐れていたのです。しかし最近は人慣れが進んでしまっているようで、作物のない時期でも村にやってきて、家の周辺に植えられているサイザル(麻をとる植物)を食べるのです。8月に私が現地に行っていたときにも、朝になって外に出てみると、家の周りのサイザルが食い荒らされていて驚きました。こんなに家の近くに来ていたとは! まったく気がつかずに寝ていました。
殺された被害者たちは、夜、近所の親戚の家から自宅に帰る途中、あるいは、村の中心部のバーで飲んで家に帰宅する途中に、村の中まで入ってきていたゾウに出くわして襲われたのでした。これは、これまでの村の生活では普通の行動でした。しかし、このようにゾウが徘徊するようでは、夜の外出はたいへん危険になってしまいました。
夜のみならず昼も
時には、朝になってもまだゾウが村に居座っていることもあります。8月の私の現地滞在中も、その状況がありました。村の中のちょっとした森に、朝になってもまだゾウがいたのです。銃を使えるスカウト(動物保護官)を呼んで追い払ってもらうよう依頼しました。しかし、スカウトが村に来たのは、電話をかけてから3時間も経ってからで、結局、森の中からゾウを追い立てることができず、あきらめて帰って行きました。
別の村での事例では、人家が並んでいるエリアでゾウが暴れだしたため、ゾウを殺した例もありました。
人が殺されてもニュースにならない
村人たちが怒るのは、村で人がゾウに殺されても国際的なニュースにならないのに、一方で「ゾウが密猟されている」「ライオンが村人に殺された」といった事件は世界中に報道される不公平さです。
昨年、セレンゲティの村で、6頭のライオンが毒殺されました。保護区に接して住む村人が、自分の家畜がライオンに食われてしまった報復として、毒を仕込んだとされ逮捕されました。この時には、村に車が30台もやってきたそうです。政府関係部署、警察、国際NGO、メディアの記者などが押しかけ、事件は英語ニュースになって 世界中に報道されました。しかしその一方で、セレンゲティの村人が4人ゾウに殺されても、決して英語ニュースにはなりません。
このような非対称性を少しでも緩和させることも、このプロジェクトの目的です。ゾウ被害への対策を実施しつつ、日本のみなさんに現状を知ってもらうことも努力していきます。
本プロジェクトで設置しているワイヤーフェンスは、ゾウが畑に入って作物を荒らさないことが第一の目的ですが、同時に、村の内部にゾウが入ることを防ぐこともできます。人命を守ることにも効果があると期待しています。