『シェル・コレクター』 アンソニー・ドーア=著、岩本正恵=訳

紹介:目黒 紀夫

貝殻収集や家庭菜園、写真撮影。そんなちょっとした行為をつうじてでも、わたしたちは大地の鼓動や自然の息吹、一つひとつの生命の存在の奇跡を感じることができるはず。最後の一篇「ムコンド」を読み終えたわたしは、アフリカに行って自然のなかにたたずんで、時間がいくらかかってもいいから、「ムコンド」のヒロインのように「これは!」という写真を撮りたいと思った。アフリカの大地のうえで、自然との深いつながりのなかで生きる人たちのたくましさとすばらしさを感じさせてくれる一冊だ。

とはいえ、じつはこの本を「アフリカ本」として紹介するべきかどうか、わたしは迷った。なぜなら、本書におさめられている八篇の短編のうち、アフリカが舞台(の一部)となっているのは半分にもみたない三篇だからだ。ただ、そのどれもがあざやかに「アフリカ」を描き出しているので、「だれかにこの本をすすめたい!」と思わずにはいられなかった。

たとえば、冒頭に収められた「貝を集める人」の主人公は、ケニアの海岸部に暮らす盲目の老人だ。彼が貝類学者となったのは、光を失ったのちに貝に触れ、「こんなになめらかなもの」「こんなに深く磨かれたものがある」ことに感動したからだった。一つひとつの貝の名前と肌ざわりが説明されていくのを読んでいると、「最後に貝殻に触れたのはいつだろう?」「貝殻にかぎらず、身のまわりの小さな自然にもっと触れてみよう」と思わされた。

また六番目の「世話係」では、内戦が勃発したリベリアからアメリカへと逃れた男性が、牧場の管理人として雇われるものの間もなくクビになる。彼は牧場にもどり、その一画で(牧場主には無断で)菜園づくりに心血を注ぎだすのだが、内戦によって心に罪の意識を深く刻まれた彼は、「このために戻ったんだ。ぼくにはこれが必要なんだ」という。「菜園で生命が爆発する」過程の記述と彼の内面の葛藤との描写が交錯するなかで、土地を耕し、作物を育てることに心血を注ぐ人たちへの畏敬と憧憬の念がわき起こってきた。

そして、最後の一篇である「ムコンド」は、化石発掘のためにタンザニアの農山村を訪れたアメリカ人男性と、そこで彼が出会い、結婚をした女性との話だ。おたがいの野性に惹かれて結婚をした二人だけれども、アメリカに移って数か月が経つころには、関係は冷えきってしまう。タンザニアの農村とアメリカの都会のちがいを痛感せずにはいられない中盤も読みごたえがあるが、一度は離れた二人を結びつけることになる写真の言葉による描写が、何よりもすばらしい。

ところで、人によっては、この本に登場するアフリカ人の多くが、西欧的な「文明」社会にはなじめない「未開」人のように描かれていると感じるかもしれない。しかし、わたしが本書を読んでいくなかでは、この点はほとんど気にならなかった。というのも、欧米人の登場人物の多くが、「文明」の象徴である都市ではなく「野生」に近い環境で、自然や生き物とのあいだに濃密なつながりをもちながら暮らそうとしているからだ。そしてまた、そうした人たちの生き方がじつに魅力的に描かれているので、舞台のちがいや登場人物の出身地のちがいなどは意識することなく読みすすめることができた。

最終的に、わたしがこの本を「おすすめアフリカ本」として紹介しようと決心したのは、上で紹介した三篇をつうじて、アフリカ「らしい」自然と人の息吹がものすごく強く感じられるいっぽうで、そうした人と自然の結びつきがアフリカ(人)「だけ」のものではないことが、他の五篇を読むことで感じられると思ったからだ。アメリカをはじめとする先進国にだって、大自然のなかで生きる人はいるのだし、アフリカ人が生きる世界をそうした先進国の人間が生きることだって不可能ではないはずなのだ。

最後に、ある意味でこの点がいちばん重要なのかもしれないが、どの一篇も文句なしの逸品であることをのべておきたい。本書は著者のデビュー短編集であるにもかかわらず、『ニューヨーク・タイムズ』などが選ぶ「その一年で最も注目すべき作品(Notable Book of the Year)」に選ばれている。「アフリカ」と「本」の両方が好きな人には、ぜひともおすすめの一冊だ。

書誌情報

出版社:新潮社(新潮クレスト・ブック)
定価:1,800円(税別)
ISBN-13:978-4105900359
発行:2003年