『約束の旅路』ラデュ・ミヘイレアニュ、アラン・デュグラン=著/小梁吉章=訳/集英社文庫、2007年. 『約束の旅路』(映画・DVD)ラデュ・ミヘイレアニュ=監督・脚本、2007年

紹介:眞城 百華

本書は、ラデュ・ミヘイレアニュ氏の監督・脚本による同名の映画『約束の旅路』を小説化したものである。1984-85年に進められたエチオピア北部に居住するファラシャと呼ばれるユダヤ教徒のイスラエル移住計画を題材としている。ファラシャは3万5000から4万にいたといわれ、十数世紀にわたりエチオピア高地の約500の村に散住してきた。エチオピアにユダヤ人がいるということもあまり知られていないが、さらに彼らをイスラエルに移住させるためにイスラエルが組織的に関与したことも興味をひく。当時のエチオピアの軍事政権に隠れてファラシャをスーダンに移動させ、スーダンからイスラエルにファラシャを組織的に空路で移送する「モーセ作戦」は、エチオピアでもイスラームが支配的なスーダンにおいても秘密裏に遂行された作戦だった。

本作が興味深いのは上記のような特殊な事情のみならず、主人公のシュロモ(ソロモン)がファラシャではなく、エチオピア正教徒でありながらその身分を偽って「モーセ作戦」の中でイスラエルに移住した点にある。当時のエチオピアは軍事政権の圧政の下にあり、内戦が各地で頻発する不安定な政情であった。また1984-85年の飢饉は甚大な被害をもたらし人々の生活を圧迫した。スーダンには政治や飢饉を理由に多くのエチオピア難民が流出したが、スーダンにたどり着いても難民キャンプの生活は決して安泰ではない。息子シュロモ(ソロモン)の行く末を案じた母が、エチオピア正教徒の息子をファラシャと偽ってイスラエルに送り出した。

本作の大半は、シュロモが「モーセ作戦」とその後のイスラエル移住後にエチオピアの家族を失い、イスラエル家庭で養育される過程を取り上げている。ファラシャと偽った過去やアフリカ系イスラエル人としての生活を通じて、シュロモが直面した多くの矛盾が映し出される。ユダヤ社会でエチオピア人ファラシャがいかに生きていくかという点は、イスラエルやユダヤ人研究の点からも興味深い。シュロモの経験は、エチオピア正教徒としてジレンマを感じながらイスラエルで生きる点に焦点があてられたが、彼とともにイスラエルに移住したファラシャもシュロモと同じくイスラエルにおいて多くの矛盾に直面する。イスラエルとパレスチナを扱ったドキュメンタリー「ルート181」にイスラエルに「帰還」したエチオピアのファラシャがヘブライ語で歓迎される場面が登場する。アムハラ語やティグライ語しか解さず、エチオピアの農村の生活経験しかない彼らが、「ユダヤ人」として迎えられイスラエル社会で新たな「同化」を経験する予兆を示しているような情景である。イスラエルでアフリカ系ユダヤ人としていきるということ、 宗教を偽りユダヤ人としていきるということ、またそうせざるをえなかった当時のエチオピアをめぐる情勢をシュロモの視点からみてほしい。

ファラシャの経験は特殊な事例ともいえるが、他方で生きるために故郷を離れ世界中に居住するアフリカ系移民の経験も投影している。エチオピア、ユダヤ人に興味がある方々以外にもぜひおすすめしたい映画、小説である。

書誌情報

文庫: 263ページ
出版社: 集英社
ISBN-10: 4087605221
ISBN-13: 978-4087605228
出版年: 2007年

映画・DVD

時間: 140 分
言語: フランス語、字幕: 日本語
販売元: ジェネオン エンタテインメント
ASIN: B000V9FRQ2
EAN: 4532640303532
発売年: 2007年