『世界屠畜紀行 THE WORLD’S SLAUGHTERHOUSE TOUR』内澤旬子=著

紹介:目黒 紀夫

本書はもともと2007年に解放出版社から出版され、そして去年に角川書店から文庫版が刊行された「イラストルポルタージュ」である。本書の出発点にあるのは、モンゴルの大草原で遊牧民が内臓料理をつくっているのを見て著者の心に浮かんだ疑問、「そういえば、いつも肉を食べているのに、『肉になるまで』のことをまるで考えたことがなかった」(「まえがき」より)というものである。ということで、本書では日本や韓国、アメリカ、チェコ、モンゴル、イラン、それにアフリカ大陸からはエジプトの屠畜場(※)の様子が文章と絵(著者自身が描いたもの)によって記述・描写されていく。

本書の大きな特徴としては、著者による精緻な絵が第一に挙げられるだろう。屠畜場の全体的な様子だけでなく、屠畜をする人の作業風景、屠畜されていく具体的な手順、あるいは屠畜された後にでてくる肉料理などの絵がふんだんに盛り込まれている。もちろん、屠畜をめぐるルポルタージュということで、各国のお国柄の話もいろいろと書かれていて面白い。例えば、イスラム教の教えによれば家畜を絶命させるときには4本の脚をすべてメッカに向けて固定しなければいけないらしいのだが、同じイスラム教国でも、これを守るためにメッカの方角を示したプレートを屠畜場に貼っている国もあれば、「『メッカの方に向けてやらなくていいの?』と聞いたら、きょとんとされてしまった」国もあるという。私がフィールドとするケニアにもムスリムは多くいるのだが、はたしてその命が失われるときに家畜の脚はどこを向いているのだろう?

とはいえ、私自身が本書を読んでとくにおもしろかったし勉強になったのは、「屠畜にかかわる人たちへの差別」というもう1つのテーマについてである。日本における屠畜をめぐる差別の問題は本書を読む前から知っていたが、各国で屠畜にかかわる人たちはそれぞれの国の経済や宗教、歴史のもとで差別を受けていたりいなかったりする。率直に差別の有無を問うていく著者にたいする各国の人びとの答え方も千差万別であり、たんに「屠畜の差別はおかしい」ということ以上に、「こんな考え方もあるんだ」という新たな気づき・モノの見方をもたらしてもくれる。アフリカ(エジプト)にかんする分量が大きいとはいいがたいけれど、しかし、オススメの1冊です。

※注:本書では「屠殺」ではなく「屠畜」という言葉が使われている。そこには「殺すということばにつきまとうネガティブなイメージが好きでなかったこと」にくわえて、「なによりも殺すところは工程のほんのはじめの一部分でしかない。そこからさまざまな過程があって、やっと肉となる。そうだ、ただ殺しただけでは肉にならないのだということを、わかってもらいた」いという著者の想いがある。なお、「屠」という漢字を使うことについては批判もあるが、「屠畜」のかたちで著者は漢字を使っているのでここでもそれにならった。

書籍情報

文庫:478ページ
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
ISBN-10:4043943954
ISBN-13:978-4043943951
発売日:2011年5月25
価格:900円