アフリカの森の女たち――文化・進化・発達の人類学』 ボニー・ヒューレット(著)服部志帆、大石高典、戸田美佳子(訳)

紹介:大石 高典

この翻訳本の英語の原題は『Listen, Here Is a Story』、つまり「さあ、お話が始まるよ!」といったノリのいいものである。その題名の通り、本書のメイン・ディッシュは、中央アフリカ共和国南部に広がる森林地域で暮らす4人の女性たちの語りである。その森は、コンゴ盆地の大森林へと連なっている。語り部のうち、ブロンディーヌとテレーズは焼畑農耕民ンガンドゥで、ナリとコンガは狩猟採集民アカである。ともに熱帯雨林の中のナンベレ村で隣り合って暮らしている。本書執筆時点までに15年以上、ナンベレ村に通い続けていた著者の人類学者ボニー・ヒューレットは、ある日突然自分たちの話を聞いて欲しいと訪れた女性たちの語りに耳を傾けることになる。これをきっかけに、ヒューレットはアフリカに暮らす女性の主観的な生活世界に焦点を当てた研究がほとんどないことに気づく。女性は取り上げられても脇役であるか、あるいは母や妻といった社会的な機能を果たす存在に単純化・均質化されて扱われがちなのだ。この本では、通文化比較のアプローチが採用されていて、アカとンガンドゥというふたつの社会がバランスよく取り上げられている。さらに、アメリカに暮らす女性――そこにはヒューレット自身も含まれる――もたびたび比較の俎上に載せられる。

語りのリズムに誘われて読み進めるうちに、女性たちの喜怒哀楽の経験、そこから得られた知恵、世にも奇想天外なお話などを通じて濃厚な生活世界のなかに引きずり込まれていく。子ども時代の遊び、親や家族との関係、恋愛と結婚、セックス、子育て、別れ・喪失と悲嘆、一夫多妻制の夫婦間の確執、老後の生活、時代とともに変わっていく民族間関係や押し寄せるグローバリゼーション…。具体的な女性の人生を追ううちに、現代日本に暮らす私たちが、少なくない課題をアカやンガンドゥたちと共有していることに気付くに違いない。大学院に進む前に10年間看護師をしていた経験を持つヒューレットは、異文化について学ぶというよりも、異文化から学ぶ可能性に魅力を感じて文化人類学を専攻することにしたという。このヒューレットのスタンスは、「日本に住む私たち自身も、アフリカから学ぶべき点が多大にある」(設立趣意書)というアフリック・アフリカの立場と深く共鳴する。

今回の翻訳はおよそ2年弱をかけ、アフリック会員である服部志帆の発案で、同じく会員である私と戸田美佳子の3人で行った。3人とも初のまとまった翻訳の仕事で慣れないことも多かった。本書では、女性たちの語りの間に、文化人類学、進化心理学、発達心理学、狩猟採集民研究などの分野の専門知識や理論をもちいた論述も少なからず出てくる。そこは著者に質問をしながら、訳者間であーだこーだと議論をしつつ(訳者間で喧嘩になり、大きな不協和音を奏でることもあった)、これでもかというくらいに丁寧な訳注や解説を付けた。ぜひそれらを活用して欲しい。

日本の読者に届きやすいように、原書にはない工夫も行った。私たちは、本書の舞台である中央アフリカ共和国の隣のカメルーン共和国やコンゴ共和国で狩猟採集民や農耕民の研究を行ってきた。そこで、多様なアプローチでアフリカの森林地域の住民を研究してきた仲間にエッセイを執筆してもらった。例えば、アフリック会員で大学院時代に健康・栄養学を専攻した萩野泉は、「良き人生」とはなにかを扱った第3章で、熱帯雨林内の90近くものむらむらを訪ねながらおこなった身体計測調査の実際について、エピソードを交えながら紹介している。また、日本におけるアフリカ狩猟採集民研究の先駆者のひとりで、アフリックの活動も支えてきてくれた市川光雄元会員は、グローバリゼーションの地域社会への影響を扱った第7章でコンゴ民主共和国(旧ザイール)の狩猟採集民ムブティが近代的な物質文化の象徴だった衣服をどのように見ていたかについて描いている。翻訳の過程で、さらに語り部が増えたアフリカの森についての複数形の語りを堪能あれ。

目次(★はアフリック会員の執筆部分)
まえがき
はじめに―岐路に立つ女性の生活

第1章 森と村の世界
コラム リバーサイド・ストーリーズ(大石高典)★
第2章 森と村の子どもたち
コラム 観の目の子育て(園田浩司)
第3章 良き人生の諸構成要素
コラム 健康と栄養状態から見る「良き人生」(萩野泉)★
第4章 結婚と母親期―厳しくも喜びのある現実
コラム 母になるとき(四方篝)
第5章 女性であることの帰結
コラム 女としての呼び名(戸田美佳子)★
第6章 世代間の繋がりと祖母たち
コラム すれ違うふたり(服部志帆)★
第7章 結論―グローバリゼーションと変化の力
コラム 衣服への渇望(市川光雄)

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原注
引用文献

[解説]
コンゴ盆地に生きる女たちの物語―狩猟採集民をめぐる生活世界の人類学(高田明)
語り,理論,物語―森の女性たちの語りに見られる,人間の普遍的特性としての「共同育児 」と「自然の教育」(竹ノ下祐二)

訳者あとがき
索引
出版社:春風社
発売日:2020年3月
3100円(本体)/四六判並製420頁
ISBN10:4861106826
ISBN13:978-4861106828