『変化を生きぬくブッシュマン — 開発政策と先住民運動のはざまで』 丸山淳子=著

空から降ってきたコーラの瓶を、カラハリ砂漠に暮らすブッシュマンがひろう——こんなシーンから始まる映画「ミラクル・ワールド ブッシュマン」は、遠い南部アフリカの狩猟採集民ブッシュマンを、たちまち有名にした。映画では、コーラ瓶を除けば、「外界」とはほとんど接点のないかのように描かれたブッシュマン社会だが、今日のこの社会の現実は、それとはずいぶん違う。

現在、ブッシュマンは、それぞれの国家のなかの少数民族として生き、国際社会においては「先住民」として存在感を増している。いまや、彼らは、アフリカのなかでもっとも、国家政策や国際社会の政治動向に強い影響を受ける人びととなった。前世紀後半から今世紀にかけて、めまぐるしい変化のなかを、ブッシュマンはいかに生きぬいてきたのだろうか。そして、狩猟採集生活のなかで培われてきた文化的、社会的特徴をどのように変形させながら、自律性や独自性を保とうとしているのだろうか。こうした課題に取り組んだのが、本書「変化を生きぬくブッシュマン」である。

本書の舞台は、ボツワナのセントラル・カラハリ地域、主人公となるのは、故地からの立ち退きを余儀なくされたグイおよびガナ語をはなすブッシュマンである。再定住(住民移転)をともなう開発政策の進展と、それに抗議し、国際的に展開された先住民運動。前者が「開発」の重要性を謳い、後者は「伝統」を主張するなかで、ブッシュマンの日常生活はどのように再編され、新しい暮らしがつくりあげられてきたのか。本書は、狩猟採集社会の特徴とされてきた1)狩猟採集を基盤とする生業活動、2)広範の土地利用と開放的なテリトリー、3)社会全体にわたる分配や共同の徹底、4)政治的リーダーの欠如の4点がいかに変化しているのかを再検討しながら、移転先の生活の諸相を明らかにしていく。

本書はまた、キレーホとオーマという、朗らかなブッシュマンの夫婦と、その周囲に暮らす人々の試行錯誤の物語でもある。新たに導入された生業活動と狩猟採集をいかに組み合わせるのか、なじみのない土地をどのように利用するのか。住民どうし、ときに軋轢を生みながらも、いかに助け合うのか。そして自分たちの政治的リーダーをどのように選出するのか。本書は、彼らの日々の取り組みを、フィールドワークによって得た詳細な資料から描き出すことを試みている。それはまた、この夫婦と、計3年近くを一緒にすごした新米フィールドワーカーの、歩みの遅い理解の軌跡でもある。

冒頭の映画では、コーラ瓶の存在が、それまで何でも分け合っていたブッシュマンのあいだに、諍いや亀裂を生み出した…と話が続く。外からやってきた新しいものに、ブッシュマン社会は翻弄されるばかりだったのだろうか。その答えのひとつは本書の表紙にある。表紙の写真に写っているのは、一缶のコーラを嬉しそうに分かち合う少女たちの姿である。

目次
はじめに — 「命をさがす」人びと
序章
第1章 人びとの行き交う原野 — セントラル・カラハリの地域史
第2章 脱狩猟採集民化の圧力 — 開発計画の展開
第3章 それでも狩猟採集はやめない — 生業活動の再編
第4章 美しく住むために — 土地利用の動態
第5章 「平等主義」の葛藤 — 食物分配と経済格差
第6章 ヘッドマンになるのは誰か — 政治的リーダーをめぐるマイクロ・ポリティクス
終章

書誌情報

出版社:世界思想社
定価:4,800円+税
発行:2010年 4月
A5判/350頁
ISBN978-4-7907-1464-4