『アフリカで学ぶ文化人類学――民族誌がひらく世界』松本尚之・佐川徹・石田慎一郎・大石高典・橋本栄莉編

紹介:大石 高典

 本書は、横浜と東京にある大学に在籍し、アフリカ地域でのフィールドワーク経験をベースに文化人類学を教えている編者5名が、2年半近くにわたってほぼ毎月のように(飲み会を兼ねた)寄り合いを重ねながら企画と編集を行ったものである。タイトルに偽りなく、文字通り文化人類学とアフリカの両方について同時に学べる、という意味で「おいしい」教科書になっていると思う。具体的には、11章からなる本体部分では、環境、経済、都市、家族、法、民族、宗教、歴史、呪術、難民、開発といった近現代を通じてアフリカ理解の鍵となる事柄が取り上げられている。類書と一線を画するのは、アフリカの諸社会について書かれた古典的な民族誌をひもときながら、現役フィールドワーカーである各章の執筆者が自身の調査地での経験や最近の研究史を紹介しながら論じている点であろう。各章のおよそ半分を割いて、それぞれのテーマについて厳選した古典の要約が付されている。原稿依頼の際にこうした構成をお願いした結果、各執筆者は大部の古典を数千字に煮詰める作業に取り組み、難航した。

フィールドワークにもとづく民族誌の面白さや醍醐味は、理論考察と同じかそれ以上にそれぞれの社会の具体的な生活世界についての詳細な事例記述にあることが多い。しかし紙幅の関係で、涙を吞んで取り上げる事例を選ばなければならない。それで、この話も、あの話も入れたいという気持ちを引きずりながら、ギリギリの調整をすることになる。私が担当した第1章「環境と生業-変動する自然を生きる」では、コリン・ターンブルの『森の民――コンゴ・ピグミーとの3年間』(ターンブル、1976年)を取り上げたが、読み物としても面白い原著の魅力をいかに損なわずに伝えるのかに苦心した。章の後半では古典刊行のその後を語るのだが、後続の研究者が、自身を含めいかに古典の影響を受けたり、反発したりしながら研究をしてきたかを改めて自覚する機会になった。フィールドワークはある地域を理解するのに欠かせないが、同時に古典の中にも、今見られる現象を考え直すヒントや研究の種が豊富に含まれている。文化人類学にせよアフリカ研究にせよ、成果主義の圧力のなかでどちらかというと細切れの成果を出すことが重視される風潮の中で、果たして現在の民族誌の書き手の端くれである自分が、噛めば噛むほど味が出るようなテキストをひとつでも生み出せているだろうかと考えさせられた。

現代のアフリカについて語るのに必要な論点は数え切れない。障害、汚職、アート、感染症、民族誌映画など、章では取り上げることができなかった論点や、今まさに将来の「古典」が作られつつある分野については、コラムという形で寄稿をいただいた。アフリックからは、コラム1で戸田美佳子がカメルーン東南部における障害者の生活への参与観察から得た日本社会における障害についての気づきについて、コラム7で中川千草が2013年から2015年まで続いた西アフリカでのエボラ出血熱の流行を事例に医療支援従事者と現地市民の間のコミュニケーションの問題について、それぞれ論考を寄せている。前後の章で扱われている内容との組み合わせで配置を工夫したので、読者の方にはその取り合わせも楽しみながら読んでいただけたら幸いである。

出版社:昭和堂
発売日:2019年11月
2200円+税/A5判 288頁
ISBN: 9784812219065