『かごバッグの村―ガーナの地場産業と世界とのつながり』 牛久晴香(著)

紹介:牛久 晴香

 春の花々が街を彩りはじめるこの季節、百貨店やセレクトショップには多種多様な「かごバッグ」が並びだす。軽やかで涼しげな印象を与えるかごバッグは、日本女性の春夏ファッションに欠かせないアイテムである。実は、その一部は遠く離れたアフリカの農村から来ている。
アフリカの村々でつくられるかごは、欧米や日本の市場の流行(たとえば、「アフリカン・アート」、「手づくり」、「フェアトレード」)や開発援助の影響を強く受けながら、輸出商品となっていった。国際市場に商品を流通させるためには、産地の人びとは欧米や日本の消費者が求める「厳しい」要求に応えていかなければならない。そこで外国企業や開発援助機関は、新しいデザインや技術、国際取引の制度を持ち込み、産地の人びとが国際市場で競争できる能力を高める手助けをしようと試みる。しかし、産地の人びとは自身の価値観や社会・経済のありかたに照らし合わせて、新たに持ち込まれる要素を吟味する。結果として、人びとは外部者の試みを「なかったこと」にすることがある。
本書がとりあげるのは、代表的なアフリカ産かごバッグのひとつである、ガーナ共和国ボルガタンガ地方の「ボルガ・バスケット」である。本書は産地の人びとがどのようなかたちで国際市場や開発援助がもたらす新たな要素を取り込んできたのかに注目して、ボルガタンガ地方が国際的に流通するかごバッグの産地になっていった過程を明らかにしていく。外国企業や開発援助機関の試みが「なかったこと」にされずにうまく取り込まれてきたのはどうしてかを検討した本、と言い換えることもできる。
筆者はボルガ・バスケットの編み手の「気まま」な製作へのかかわり方を思索の手がかりにする。編み手は大きなバオバブの木の下で、友人や家族と団らんを楽しみながら、家事や農業、他の経済活動のすきま時間にバスケットを編む。どのようなバスケットを編むか、どの買い手に売るかは編み手が決める。買い手との約束を反故にすることもある。このように編み手が「気まま」にバスケットづくりにたずさわることができるしくみが、長い年月をかけて意識的・無意識的に創出されてきたこと、この「気まま」さを維持することが国際市場の「厳しい」要求に応えつづけるうえで不可欠であったことが、本書で論じられる。
学術的な議論以上に本書がめざしたのは、日本の街角で手に入るかごバッグを起点にすることで、ガーナに暮らす編み手の生活や経済のあり方を「ちょっと調べてみよう」と思っていただくことである。現地の人びとの営みを想像しやすいように、女性の家事や育児、農作業の進め方など、学術書では省かれてしまうような「アフリカ農村の常識」も細かく描いた。ボルガ・バスケットと本書が、日本から遠く離れたアフリカ農村の生活や開発のあり方に考えを巡らせるきっかけとなれば幸いである。

目次
まえがき―かごバッグの村
序章 かごバッグから考える市場・開発・アフリカ農村
第1章 ボルガタンガの生活と産業
第2章 変わる―ボルガタンガのかごづくりとその変容
第3章 つくる―技術の変化とその基盤
第4章 草を使う―原料供給体制の再編
第5章 生活する―村の暮らしのなかのバスケットづくり
第6章 売る、買う―ローカルな取引のしくみ
第7章 つなぐ―仲買人の商実践
終章
あとがき

出版社:昭和堂
発売日:2020年3月31日
3500円+税/366頁+xvi頁+vi頁
ISBN10:4812219264
ISBN13:978-4812219263