『FENICS100万人のフィールドワーカーシリーズ第7巻:社会問題と出会う』 白石壮一郎・椎野若菜=編

紹介:目黒 紀夫

「あなたにとって、今一番大きな問題は何ですか?」と聞かれたら、あなたは何と答えますか? そしてまた、見ず知らずの人がこの問いに対して、「今日の朝、寝坊してしまったことです」「スマートフォンを壊してしまったことです」などと答えているのを聞いたら、どう思うでしょう? 「寝坊をしたことが『問題』だなんて平和だなあ」とか「スマートフォンが壊れたぐらいで騒ぎ過ぎ」とか思う人もいるのではないでしょうか?

でも、もしかしたら、ある人は寝坊をしたせいでとても大切な約束をすっぽかしてしまい窮地に陥っているのかもしれません。またある人は、スマートフォンが壊れたせいで緊急事態なのに家族と連絡が取れなくてとても困っているのかもしれません。「寝坊をしたこと」と「大切な約束をすっぽかしたこと」とではまったく違う「問題」に思えるように、説明する言葉によって、当人にとってものすごく深刻な「問題」が他人にはうまく伝わらないということが起こります。

それとは逆に、いわゆる「社会問題」の場合、「貧困」や「紛争」のような深刻な言葉が使われることで、悲観的なイメージばかりが先行してしまうことがあります。そうすると、言葉からイメージされるとおりの惨状が現場で起きていない可能性や、それが当事者にとって「一番大きな問題」ではない可能性が見過ごされてしまうこともあります。いいかえると、言葉によってわたしたちの考え方や現場の見え方が狭められ、方向づけられてしまうのです。「社会問題と出会う」と題したこの本の各章で描かれているのは、フィールドワークを通じて見えてくるイメージと現実のずれの問題というよりもむしろ、そうしたずれを引き起こす言葉の問題だと思います。

「アフリカの動物保護」をテーマにしたわたしの章(第1章)を例にすると、そこでわたしが読者に示したかったのは、「アフリカの動物保護の現場はどうなっているのか」という現場の実態ではなく、「アフリカの動物保護が抱える問題を一番うまく伝えることができるのはどんな言葉なのか」あるいは、「一番うまく伝えることができる言葉なんてものが存在するのか」という問いです。わたしがフィールドワークをするなかでは、「開発と保全の両立」「人間と野生動物の共存」「命の危険」といった言葉が研究のキーワードとなってきました。しかし、どの言葉をキーワードとして選択するかによって、現場の見え方や伝わり方は変わってきてしまうのです。

ほかにアフリックの会員が書いた章としては、「難民」をテーマにした第2章(執筆者:村尾るみこ)と「先住民」をテーマにした第8章(執筆者:丸山淳子)があります。それ以外の章では、アフリカだけでなくアメリカやアジア、それに日本も舞台となっています。そうしたさまざまな事例を取り上げている本書の読み方・使い方については、「イントロダクション」と「補章」が出版社のウェブサイトから無料で読むことができるので、ぜひとも読んでいただきたいです。

本書で取り上げられている「社会問題」に興味があるかないかによらず、フィールドワーカーが現場をどのように理解しようとしているのかを追体験できる書として手にとっていただければ、執筆者の一人としてとても嬉しいです。

目次(★が頭についている執筆者はアフリック会員)

イントロダクション(白石壮一郎・椎野若菜)

〈PART1 調査から立ち上がる疑問〉
1 アフリカの動物保護をカッコいい言葉で描けるか?—現場で気づく理想と現実(★目黒紀夫)
2 アフリカの難民問題を再検討する—難民が故地での生活をはじめれば問題はなくなるのか?(★村尾るみこ)
3 アフリカの「ストリート・チルドレン」問題を複眼的に見る—支援者と調査者の交差するまなざし(清水貴夫)

〈PART 2 調査する者からのリアクション〉
4 「政治的な正しさ」の背後にかくれたローカルな論理によりそう—商業的国際結婚と家族(横田祥子)
5 ケニアにおける「妻相続」慣習の言説とフィールドで見る現実のはざまで(椎野若菜)
6 島根の山村で「ナラ枯れ」にむきあう—仲間と行う山仕事から見えたこと(福島万紀)

〈PART 3 ものごとの捉え方を再設定する〉
7 アメリカのファット・アクセプタンス運動から「肥満問題」を見る(碇 陽子)
8 「南アフリカの先住民」が現れるまで—ポスト・アパルトヘイト時代のサンの挑戦(★丸山淳子)

〈PART 4 人生に接する、社会・歴史に接する〉
9 あいりん地域における「支援」のフィールドワーク—単身高齢男性の生きづらさに向き合って(白波瀬達也)
10 在日コリアンとの「再会」—ジモトのフィールドワークから見えてきたもの(川端浩平)
11 〈無念〉に触れる—フィールドで問い返される研究の公共性(安岡健一)

補章 社会問題との出会い方—アクティブ・ラーニングへの本書の利用(白石壮一郎)
編集後記(白石壮一郎)

書誌情報

出版社:古今書院
定価:3,400円 +税
版型・頁数:A5版216頁
発行:2017年 6月