『狩猟採集民からみた地球環境史―自然・隣人・文明との共生』 池谷和信=編

紹介:大石 高典

西欧を中心とした「世界史」は、国家を前提とすることが多く、支配者の立場で描かれることがほとんどである。それに対して、本書では、中心性を排除したニューヒストリーの立場を採用して、狩猟採集民の目から地球規模の歴史を見直すという試みが意図されている。その際、タイトルにもあるように、特に注目が当てられるのは、狩猟採集社会と気候変動など自然環境の関わりであり、また隣人となる農耕・牧畜・産業社会や文明との関わりである。

類書にはない本書の特徴として、アジア・アフリカ・オセアニアだけではなく、西アジア、南アメリカや温帯である日本についての研究もカヴァーされている点が挙げられる。しかし、地域ごとに内容がまとめられているわけではない。共通の時間軸のなかで異なる地域の狩猟採集民を捉えるために、編者によって、4つの時代枠組み――狩猟採集民のみの時代、②狩猟採集民と農耕民との共生関係と農耕化の時代、③前近代・近代の国家形成の時代、④市場経済化の時代――が仮説的に設定され、それぞれの時代について地域を越えた論考が集められている。

文字通り、世界中の狩猟採集民を対象とした考古学・人類学を中心とする最新の成果を通覧できる一冊になっているわけだが、アフリカからは、カメルーンのバカ・ピグミー、タンザニアのサンダウェ、ナミビアのサンについて紹介されている。アフリカの狩猟採集民の歴史を、様々な時代の他地域の狩猟採集民の事例と比較しながら読み進めることで、アフリカの狩猟採集民らしさというものが改めて見えてくる。

本書は研究書のスタイルを取っているが、重要な理論の説明などは初学者にも読みやすくかみ砕いて書かれている。狩猟採集民研究を志す人々にとって研究史を把握するのにも格好の入門書となるだけではなく、農耕、牧畜など他の生業の歴史や、地域どうしの関係性から歴史を読み解くグローバルヒストリーの手法に関心を持つ人々にとっても参考になるにちがいない。本書には、4名のアフリック会員が執筆している。ぜひ一読をお勧めしたい。

目次(★が頭についている執筆者はアフリック会員)

序論 狩猟採集民からみた地球環境史(池谷和信)

〈I 先史狩猟採集民の定住化と自然資源利用〉
1 東南アジア・オセアニア海域に進出した漁撈採集民と海洋適応(小野林太郎)
2 気候変動と定住化・農耕化――西アジア・日本列島・中米(那須浩郎)
3 西アジア先史時代における定住狩猟採集民社会(三宅 裕)
4 古代アンデス狩猟採集民の農耕民化――神殿,交易ネットワークの形成(鶴見英成)

附論1 ボルネオの狩猟採集民の祖先は「狩猟採集民」か「農耕民」か(小泉 都)

〈II 農耕民との共生,農耕民・家畜飼養民への変化〉
5 狩猟採集と焼畑の生態学(佐藤廉也)
6 東南アジア島嶼部における狩猟採集民と農耕民との関係(金沢謙太郎)
7 コンゴ盆地におけるピグミーと隣人の関係史――農耕民との共存の起源と流動性(★大石高典)
8 熱帯高地アンデスにおける狩猟民から家畜飼養民への道――アルパカ毛の利用に着目して(稲村哲也)

附論2 南の海の狩猟民と隣人――インドネシア・ラマレラのクジラ猟(関野吉晴)

附論3 狩猟採集から複合生業へ――タンザニアのサンダウェ社会における農耕と家畜飼養の展開(★八塚春名)

〈III 王国・帝国・植民地と狩猟採集民〉
9 北東アジア経済圏における狩猟採集民と長距離交易(手塚 薫)
10 統治される森の民――マレー半島におけるオラン・アスリと隣人との関係史(信田敏宏)
11 南西アフリカ(ナミビア)北中部のサンの定住化・キリスト教化(高田 明)

附論4 植民地時代のピグミー(★松浦直毅)

〈IV 近代化と狩猟採集民〉
12 狩猟採集民の定住化と人口動態――半島マレーシアのネグリトにおける事例分析(小谷真吾)
13 国立公園の普及と中部アフリカの狩猟採集民(★服部志帆)
14 アマゾンの森林開発のもとでの現代的な民族間関係(大橋麻里子)
15 森のキャンプ・定住村・町をまたぐ狩猟採集民――ボルネオ,シハンの現代的遊動性(加藤裕美)

附論5 狩猟採集民・農耕民・文明人における病気と病(山本太郎)

結論 地球の先住者から学ぶこと(池谷和信)

あとがき

書誌情報

出版社:東京大学出版会
定価:5,800円 +税
版型・頁数:A5版320頁
発行:2017年 3月